今日はバレンタインデー。
乙女たちの聖戦!
誰が言い出したんだか。
まあ、とりあえずは、都合の良い日である。
曹魏において。
つまり、この地上において、最も身分の高い女性もまた厨房にこもって、菓子作り。
貰う数も半端ない夫の気を引こうというつもりなのか。
はたまた天然なのか。
あるいは、単なる好奇心なのか。
皇后陛下が選んだレシピは……変わっていた。
「もうすぐね」
甄姫は嬉しそうに笑う。
その隣にいる小柄な護衛武将も笑う。
「良い匂いがしますね♪」
「喜んでもらえるかしら?」
「絶対、殿なら喜んでくれますよ!
甄姫様の作ったものなら、毒でも食べちゃいそうです」
少女はニコニコ笑う。
「あらまあ。
それじゃあ、困ってしまうわ」
傾国の美女は艶やかな唇を尖らせる。
「美味しいものを作っているつもりなんですもの」
飴色の瞳がとろけそうな色を浮かべて告げる。
それは魅惑的な媚薬よりも、甘そうで。
運が良いんだか、悪いんだか、目撃することになった護衛武将は
「甄姫様の作ったものです。
美味しいに決まっているじゃないですか!」
味見もしていないのに、自信たっぷりに答えた。
曹魏の皇后は、恋に恥らう乙女のように笑う。
「こんなに美味しいものを、独り占めにしちゃう殿が羨ましいです」
「我が君は、欲張りなんですもの。
そこが素敵なのだけれど」
「きっと、曹叡公子にも分けたりしないんでしょうね」
「でも、東郷にはあげてしまいそうですけど」
困った「お父さま」ですこと。と甄姫も言う。
笑みを浮かべる女性には、陰りひとつない。
不安も心配も嫉妬も。
満たされた笑顔だった。
「そろそろ良い頃合ね」
甄姫はそれを火から遠ざけた。
小さな竹かごに、箸を使って器用に移す。
二つだけ。
残りには真新しい布巾を被せる。
「美味しそう!」
「こちらは、あなたに。プレゼントよ」
お喋りな護衛武将に小さな竹かごを渡す。
「え?」
「食べたいのでしょう?
我が君には、ナイショね」
甄姫は布巾を被せたそれを持つ。
「で、でも!」
「――」
曹魏の皇后は護衛武将の耳にささやいた。
「はい!
ありがとうございます」
少女は深々とお辞儀をした。
バレンタインデー。
それは恋の媚薬が飛び交う日。