外を寒風が吹いていても、少女の足取りは軽い。
冬風になく小枝など知らないように。
太陽の日差ししか知らないように。
司馬懿の護衛武将は楽しげなリズムを奏でながら、執務室に入る。
弓をつがえる手が大切に抱えるのは、小さな竹かごと受け皿。
先ほど、この国の皇后から頂戴した菓子が入っている。
「司馬懿様。今日はバレンタインデーです!
チョコレートを持ってきました」
は笑顔で告げる。
書卓で書き物をしていた青年は不審げに、顔を上げる。
この季節の太陽と同じ色の瞳が、竹かごとの顔を行き来する。
それも当然のこと。
少女が抱えているのは、ほこほこと湯気を立ている蒸篭。
「どうぞ」
陶器製の受け皿ごと、は書卓に置く。
痩躯の青年はしぶしぶと書き物を脇によけた。
「チョコレートまんです」
は蒸篭の蓋を取った。
チョコレート色にそまったまんじゅうが二つ。
仲良く蒸篭におさまっていた。
「……量が多いぞ」
「一つは私の分です。
甄姫様が作ったんですよ」
少女は部屋の隅に置かれている椅子を、書卓まで引きずってくる。
「お前が作ったのではないのか」
「蒸しあがるまで見張っていました」
は笑いながら、椅子に座る。
青年はためいきをつくと、苦笑した。
この季節の太陽と同じ、だと少女はさらに笑みを深くする。
やさしくって、あったかい。
そんな笑みを青年は浮かべている。
「殿のために作るからって。
殿は、甘いものが好きですよね」
少女は蒸篭の中からまんじゅうを一つ、取り出す。
柔らかなまんじゅうは、ほかほかとしていて温かい。
「余り物か」
「司馬懿様は甄姫様が好きなんですか!?」
チョコレートまんを頬張ろうとしていた少女は、手を止める。
「下克上ですね!
この場合、私はどちらの味方につけばいいんでしょう?
お給料をくれるのは……」
はまんじゅうを持ったまま首を傾げる。
「人事の人です!」
回答にたどりついた少女は、ニコッと笑う。
「査定をするのは、私だが?」
司馬懿は言う。
「私は、いつでも司馬懿様の味方です!
道ならぬ道ですけど――」
「話が飛躍しすぎだ」
青年は話の腰を折る。
筆を握っていた手が蒸篭に伸びる。
「『余り物』というのが、気に入らなかっただけだ」
ぽつんと蒸篭に残っているまんじゅうを、司馬懿は手に取る。
「へー。そうなんですか。
私はちっとも気にしませんよ。
だって、味は変わりません!」
断言すると、少女はまんじゅうにかじりつく。
「ならば、一人で食べれば良かっただろうに。
余り物なら、どこへ持っていくのも自由。
一人で食べても、問題ないだろう」
司馬懿は持て余すように、まんじゅうの端を千切る。
「甄姫様が」
は司馬懿を見る。
良い香りがする皇后陛下が耳元で、ささやいた言葉を告げる。
「私が一番、一緒に食べたいと思った人と半分こにしなさいって。
言ったんです」
少女の言葉に、太陽色の瞳が向き直る。
「だから、司馬懿様と半分です」
は笑った。
仲良しこよしのおまんじゅう。
独り占めしたいぐらい美味しそうだったけど。
きっと、一人で二つ食べるよりも。
二人で一つずつ食べたほうが、ずっと美味しい。
甄姫様が言わなくっても、きっと半分こにしていた。
不機嫌そうにまんじゅうを食べる魏軍の軍師の横顔を見つめながら、唯一の護衛武将はニコニコ笑顔。
それはチョコレート味のおまんじゅうのせいだけじゃない。
今日は聖バレンタインデー。
恋をしている人も。
これから恋をする人も。
チョコレートいう名の媚薬でとろける日。