天命 第2話


 まだ、息をしていた。

 は目を開いた。
 どういう神様の都合か、目を開けることができた。
 黒い瞳には、曇天が映る。
 太陽のあたたかさを感じることはできない、空の色は夜のもの。
 意識が急速に集約される。
 と、同時に痛みが走る。


 痛いよー!
 死んじゃいそうなぐらい、痛いんですけど!!
 神様のバカーッ!
 あー、きっと天国は今頃、満員なんだ。
 ずーっと戦争ばっかりしているから、行列ができてるに違いない。
 だから、追い出されちゃったんだ。
 地獄に行くよりは、全然マシだけど……。


 元気なケガ人は、痛みに耐えながら上体を起こす。
 想像したよりも軽症だった。
 それに薄気味悪さを感じる。
 首をめぐらして、山頂を見上げる。
 なかなか急な斜面があって、ゾッとするような高さがあった。


 あそこから落ちたんだよね。
 フツーなら、死んじゃうよね。
 何で、生きてるんだろう?
 しかも、ケガも少ないし……


 ふいに首からぶらさげられた飾りを思い出す。
 前回、大怪我したせいで、初陣のときのように貸し与えられた首飾り。
「これの、おかげ?」
 は玄武甲にふれる。
 石は冷たかった。
 どんな強運か。
 弓も矢も失ったというのに、この首飾りはちゃんと首にかかっているのだ。
「帰らなきゃ……」
 少女はつぶやく。
 まだ、生きているのだ。
 それは思し召しということだろう。


 いったいどれぐらいの時間がたったのか。
 検討もつかなかった。
 本陣が今、どこにあるのかもわからない。

 星すら見えないこの場所で、少女は立ち上がった。
 関節が悲鳴を上げる。
 少女の顔が痛みに歪む。
 息を吐き出しそうになるのを、こらえる。
 ムダに体力を消費している場合ではない。

 一瞬の躊躇。
 が、萎えそうになる精神に叱咤して、己の体に突き刺さった矢を引き抜く。
 全部で、三本だ。
 鉄の塊を、いつまでも体の中に入れておくわけにはいかない。
 歩くのにも邪魔でしょうがない。
 一気に引き抜いた。
 痛みで飛びそうになる意識。
 流れる血。
 引き抜いた矢を、力なく地面に落とす。


「帰らなきゃ、司馬懿様のところへ」
 はつぶやいた。
 どこにいるかもわからない。
 何の武器も持たない。
 そんな状態でも、諦めるわけにはいかなかった。
 生き抜くことを望まれたのだ。
 玄武甲はその証拠。
 たとえ、ただの護衛武将だとしても。
 代わりがいくらでもいても。
 ただ一人の護衛武将なのだ。


 護衛武将たるもの、その守るべき者よりも、先に死すことなかれ


 まだ、戦いは終わっていない。
 都に無事たどりつくまで、きちんと護衛しなければいけない。
 そのために、帰らなければいけない。
 だから、平気だと言い聞かせる。
 不安を数え上げたら、きりがない。
 こんなところで、死なない。
 ちゃんと、再会するのだ。
 盛大に説教をくらって、紫の光線に追いかけられるかもしれない。
 そして……。
 いつか、名前を呼んでもらう。



 は未来に向かって、歩き出した。

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