まだ、息をしていた。
は目を開いた。
どういう神様の都合か、目を開けることができた。
黒い瞳には、曇天が映る。
太陽のあたたかさを感じることはできない、空の色は夜のもの。
意識が急速に集約される。
と、同時に痛みが走る。
痛いよー!
死んじゃいそうなぐらい、痛いんですけど!!
神様のバカーッ!
あー、きっと天国は今頃、満員なんだ。
ずーっと戦争ばっかりしているから、行列ができてるに違いない。
だから、追い出されちゃったんだ。
地獄に行くよりは、全然マシだけど……。
元気なケガ人は、痛みに耐えながら上体を起こす。
想像したよりも軽症だった。
それに薄気味悪さを感じる。
首をめぐらして、山頂を見上げる。
なかなか急な斜面があって、ゾッとするような高さがあった。
あそこから落ちたんだよね。
フツーなら、死んじゃうよね。
何で、生きてるんだろう?
しかも、ケガも少ないし……
ふいに首からぶらさげられた飾りを思い出す。
前回、大怪我したせいで、初陣のときのように貸し与えられた首飾り。
「これの、おかげ?」
は玄武甲にふれる。
石は冷たかった。
どんな強運か。
弓も矢も失ったというのに、この首飾りはちゃんと首にかかっているのだ。
「帰らなきゃ……」
少女はつぶやく。
まだ、生きているのだ。
それは思し召しということだろう。
いったいどれぐらいの時間がたったのか。
検討もつかなかった。
本陣が今、どこにあるのかもわからない。
星すら見えないこの場所で、少女は立ち上がった。
関節が悲鳴を上げる。
少女の顔が痛みに歪む。
息を吐き出しそうになるのを、こらえる。
ムダに体力を消費している場合ではない。
一瞬の躊躇。
が、萎えそうになる精神に叱咤して、己の体に突き刺さった矢を引き抜く。
全部で、三本だ。
鉄の塊を、いつまでも体の中に入れておくわけにはいかない。
歩くのにも邪魔でしょうがない。
一気に引き抜いた。
痛みで飛びそうになる意識。
流れる血。
引き抜いた矢を、力なく地面に落とす。
「帰らなきゃ、司馬懿様のところへ」
はつぶやいた。
どこにいるかもわからない。
何の武器も持たない。
そんな状態でも、諦めるわけにはいかなかった。
生き抜くことを望まれたのだ。
玄武甲はその証拠。
たとえ、ただの護衛武将だとしても。
代わりがいくらでもいても。
ただ一人の護衛武将なのだ。
護衛武将たるもの、その守るべき者よりも、先に死すことなかれ
まだ、戦いは終わっていない。
都に無事たどりつくまで、きちんと護衛しなければいけない。
そのために、帰らなければいけない。
だから、平気だと言い聞かせる。
不安を数え上げたら、きりがない。
こんなところで、死なない。
ちゃんと、再会するのだ。
盛大に説教をくらって、紫の光線に追いかけられるかもしれない。
そして……。
いつか、名前を呼んでもらう。
は未来に向かって、歩き出した。