その日もやっぱり良い天気で、ポカポカとしていた。
休暇にはもってこいな麗らかな日差し。
司馬懿付きの護衛武将・は白樺の木の下に座り込んでいた。
珍しく女装姿である。
護衛武将の制服以外は、安上がりだからという理由で質素な男物を着ている少女が、今日に限って引きずるほど長い裳に、たっぷりとした袖のある蓮花色の上衣をまとっているのだ。
声をかける者の一人や二人は出てくるのも当然だった。
「確か、司馬懿殿の護衛武将でしたかな?」
魏軍の紳士こと張遼は、に声をかけた。
小柄な少女はぴょこんと立ち上がる。
「はい、と申します!
張遼様」
はにこっと笑う。
「文遠で構いませんぞ」
張遼は言った。
「はい、文遠様」
うわぁ〜、おやさしいなぁ。
夏侯淵様も気さくだけど、張遼様も良い人だよねぇ。
……司馬懿様もこれぐらい、親しみがあれば……。
って、怖っ!
そんなの司馬懿様じゃない!
「今日はこれからお出かけですかな?」
「?」
は小首をかしげた。
「いや。
華やかな装いでしたからな。
これから、どなた方とお出かけになるのかと」
「あ、これですか。
丸々一式、司馬懿様にもらったんです。
この前のお休みのとき、あんまりにも私の格好がみすぼらしいからって。
小汚い格好で目の前をチョロチョロするなって。
ひどいと思いませんか?
しかも、売るなって言ったんですよ。
服にお金をかけるなんてムダな気がするんですけど」
は唇をとがらせる。
「ほお、あの軍師殿が……意外ですな。
それもまた必然ですか……」
張遼は感慨深げにうなずく。
にはちっとも意味がわからなかったから、きょとんとした。
「それでこのような寂しいところで、何をなさっていたんですか?」
「司馬、じゃなくて、おはじきのお墓を作っていたんです」
は小さな土まんじゅうを指し示す。
先だって、司馬懿が直々に破壊したおはじきが二つ埋められている、立派なお墓だった。
思わず墓標に【司馬懿のお墓】と書きたくなったのだが、は自主規制した。
そんなことを書いた日には、また何を言われるか……。
でも、どうして司馬懿様はおはじきが『司馬懿』って名前だと困るんだろう?
私だったら『』って名前をつけてもらえたら、嬉しいんだけどなぁ〜。
は司馬懿の書卓の端に乗っている水色のおはじきを思い出す。
あの子に名前付いてるのかな?
とか、暢気なことを考えていた。
「墓ですか?」
「司、じゃなくて、おはじきが砕けちゃったんです。
すっごく司馬懿様っぽい物を殿からもらったのに」
「それは残念であったな」
「代わりの物を司馬懿様からもらいましたけど……。
でも、何か違うんです」
若草色と桜色の可愛らしい……。
司馬懿様ってもしかして少女趣味なのかな?
レースやフリルとか好きなのかな?
は、他人の嗜好についてとやかく言うのは良くない。
たとえ、顔に似合わずに可愛い物好きでも……。
って、やっぱり似合わない。
と、が百面相していると向こうから三国一仲の悪そうな主従がやってくる。
「あ、司馬懿様」
はニパッと笑う。
少女の視界にはきちんと曹丕も映っていたのだが、軽く無視された。
「それでは私は失礼しましょう」
紳士は気が利く。
張遼はにこやかな笑顔で立ち去る。
はパタパタと司馬懿に走り寄った。
「おはよーございまーす!」
が言うと、
「ふっ。これが好みか」
曹丕が言った。
が挨拶したのは司馬懿だったのが、他人の話を聞かない帝王である。
しかも会話がかみ合っていない。
「何のことだかわかりかねますが」
司馬懿は黒羽扇をゆったりと扇ぐ。
「宝を手に入れたら隠しておくタイプだと思っていたのだが……。
存外、女自慢をするのだな。
掠め取られないように、せいぜい注意するのだな」
「何のことだかわかりかねますが!」
司馬懿は顔面痙攣を起こしているような顔で言った。
「物のたとえだ」
曹丕はそんなこと、お構いなしに続ける。
「私は先に行く。
お前はここでゆっくりしておれ」
「お待ちください!」
「お前がいると甄と二人きりになれぬ。
できるだけ、ゆっくりと来い。
命令だ」
曹丕は余裕しゃくしゃくな笑顔で歩き去る。
黒羽扇の柄を粉砕しそうな勢いで握り締める司馬懿をは見上げる。
「司馬懿様、今日も機嫌が悪いんですね」
は、突っ込まずにはいられない性格である。
「も、とは何だ?
しかも、断定形なのは何故だ?」
ヤバイ。
怒ってる。
どうして、思ってること言っちゃうんだろう。
「さぁ?」
はぎこちない笑顔を浮かべる。
「何故ここにいる?」
「休暇ですから。
勤務日なら司馬懿様につきまとっている時間ですけど」
「何故、城内にいるのかと尋ねているんだ」
「行くところがないですから。
ここだったらお金を使わなくてすむじゃないですか!
名案だと思いませんか?」
はニコニコと司馬懿を見上げた。
「私の視界に入るな」
司馬懿は冷淡に言った。
「……え。
私もしかして、もしかしなくても、司馬懿様に嫌われてるんですか?
うわぁ、ショック」
はつぶやく。
ちょっとぐらいは……好き? だと思ってたのに。
今までの護衛武将の中で一番長く続いてるって話だし。
嫌われてたんだぁ、知らなかった……ほうが良かったかも。
「よく嫌いな人間を傍に置いておけますね。
私だったらできませんよ〜♪」
は明るく笑った。
「誰がそんな話をしている!
この馬鹿めがっ!」
司馬懿は黒羽扇を振り下ろす。
もちろん、ビームつき☆
は避けようとしたが
ステンッ、と転んだ。
すぐ側の床をビームがかする。
転んだも、ビームを放った司馬懿も、双方驚いて、時が止まったように硬直した。
「着慣れていない服って、ダメですね〜。
この服を売っ払って、男物服を」
はのろのろと立ち上がる。
「勝手に売るな!」
「えぇ〜。
高く売れそうなのにぃ。
こんな服似合いませんよ。
裾踏んじゃうし」
は長い裳裾をつまむ。
手ざわりの良い、すっごく高そうな物だが、護衛武将には必要のない物だった。
「玉の輿に乗りたいのであろう?
それぐらい着こなせないでどうする」
「あー、ちょっと諦めたい気分です。
こんな格好じゃ、走り回れませんし。
で、どうして視界に入っちゃダメなんですか?」
「その頭は飾り物か?」
「考えてもわからないから訊いたんですけど」
「最小限、考え込む振りをしてから、その言葉を言え」
「次からは気をつけまーす。
で、どうしてですか?」
は司馬懿を見上げた。
「しつこい。
この馬鹿め」
司馬懿はから目をそらした。