歩みを進めるたびに、かさりと音がなる。
枯葉が、地面を覆いつくしていた。
「キール!」
聴き慣れた声がする。
呼ばれた少年は、言葉を返す。
「何だ?」
振り返った先には、思ったとおりの光景。
栗色の髪の少女が、笑って立っていた。
紅葉した木々の中で。
「キールに、どうしても伝えたいことがあるの!」
もったいつけて言う少女が、かわいいと思った。
それほど、二人は共に時間を過ごしてきた。
「早く言え」
続きが気になって、キールは先を促した。
「大好きだよ!」
朽葉と同じ色の瞳をした少女が、大きな声を上げる。
満面の笑みで、嬉しそうに。
同じ言葉を返そうと、キールも口を開こうとした。
瞬間、強い風が吹く。
「芽衣!?」
叫んだのは、愛の言葉ではなく少女の名。
目は、開けられない。
「芽衣……!」
もう一度叫んだが、返事はない。
不安に駆り立てられて、必死に前を見ようとする。
けれど、風によってそれは遮られる。
何度も何度も、キールは少女の名を呼んだ。
瞳の奥に焼きついて離れない、少女の姿を追い求めながら。
「……!?」
がばっと、キールは勢い良く飛び起きた。
「夢、か……?」
ぽつりと呟く。
今が現実なのか、さっきのが夢なのか。
確かめたくなってキールはベッドから降り立った。
窓の外は見事な紅葉。
黄と赤のコントラストが、綺麗に折り重なった地面。
夢なのか、現実なのか。
キールは余計に混乱した。
「夢の、はずだ。
あいつは、あいつは……!」
自分に言い聞かせるように、言葉をはく。
『帰らない』。
そう言った少女の言葉が、蘇る。
朦朧とする意識の中。
そう呟いた少女の面影に、思いを巡らす。
不安が、胸に押し寄せる。
それは同時に恐怖をも呼び寄せた。
「あれは、夢だ……」
キールは、もう一度呟いた。
トントン。
控えめに、戸を叩く。
誰もいないかもしれない部屋。
少女がいるはずの、部屋の戸を。
「……いないのか?」
返事は、なかった。
もう一度戸を叩く。
トントン。
音が、虚しいほど良く響く。
「芽衣?」
怖くなって、キールは少女の名を呼ぶ。
返ってくるはずの声を求めて。
「芽衣!」
あまりにも怖くて、今度は名を叫んだ。
まるで夢のようだと、心の中で呟く。
「ゆめじゃ、ないのか……?」
さっきのは現実にあったことで、夢ではない?
疑問が不安に変化していく。
鼓動がやけに早くなって、落ち着かなくなる。
恐怖で押しつぶされそうになる。
キールは耐え切れなくなって、床に座り込んだ。
ひんやりとした感覚も、今のキールにはどうでも良かった。
希望を失ったことに、変わりはなかったから。
「キール!?」
すっとんきょうな声が、耳に響いた。
求めていた。
熱望していた声。
「芽衣……?」
ゆっくりと振り返れば、そこには少女がいた。
栗色の髪の、朽葉色の瞳を持った、『芽衣』が。
「どうしたの、こんな時間に?
キールにしては早起きだね!」
まだ寝着姿の少女は、首にタオルをかけて笑っていた。
いつもと同じ、変わらない笑顔。
「こっちが、現実か?」
何が何だか分からなかった。
だから、思わず声がもれた。
「何言ってるの、キール?
頭大丈夫?」
少女が顔を覗き込んでくる。
声が、香りが。
すぐ傍に感じられた。
キールは、衝動的に手を伸ばした。
「!
き、キール!?」
確かめたかった。
こっちが本当の世界だと。
彼女がいる方が正解だと。
だから、芽衣を引き寄せた。
「しばらく、このままでいてくれないか……」
それだけ言うと、腕に力を込める。
難なく手に入った温もり。
今は、それを感じていたかった。
「う、うん……」
小さく頷いた少女の声に、キールはやっと安堵の息をついた。
今いるここが、現実だと。
そう、実感することが出来たから。
朽葉舞う頃に交わされたのは、小さな約束。
帰らない。
ただその言葉だけが、少年と少女を結ぶものだった。
芽衣がクラウンに来てから、二度目の秋のこと――。