「2月14日」23年版
2月14日はヴァレンタインデー。
司馬懿の執務室も例外なく、チョコレートが届けられていた。
そこへ、真昼の照明器具のような護衛武将がやってきた。
「うわぁ、すごい量ですね」
はニコッと笑った。
能天気さが3割増したような気がした。
「お前はヴァレンタインデーを何だと思っている」
「美味しいチョコレートを食べる日です!」
黒く大きな瞳がキラキラと輝いていた。
「なるほどな」
司馬懿は期待をした自分が愚かだった、と思った。
思わずためいきも混じる。
「あ、今のは取り消してください!
つい本音が」
護衛武将は慌てて訂正を求める。
「本音のどこが困るのだ?」
怪訝な顔をして司馬懿は尋ねる。
「ヴァレンタインデーはお世話になった人に、チョコレートを贈る日です」
はきっぱりと言った。
すがすがしいほど真っ直ぐに。
嫌味もないほど朗らかに。
つまり少女の頭の中には義理チョコやら、友チョコやらの概念しかないらしい。
それがよく分かって、司馬懿の眉根のしわは深くなる。
「お歳暮でも、お中元でもないですよ!」
は必死で言う。
「それで私には用意がない、と」
司馬懿は諦めた。
これ以上の問答は無駄であろう。
「司馬懿様、甘いものがお好きでしたか?
これだけ貰えるんだから、充分だと思って」
「用意していないのか。
なるほど」
司馬懿は、これからどう言葉を進めようか、と脳裏で考え始めた。
鈍すぎる護衛武将が、どう言えば困るだろうか。
そんなことを忙しく計算していた。
だから、の次の言葉は意外だった。
「形も歪で、ちっとも美味しくないチョコレートならありますが」
不器用にラッピングされた小箱をは懐から取り出した。
「気持ちだけは充分こめました!」
は断言した。
気持ちだけこもったチョコレートは、綺麗な形もしていないし、味も普通だろう。
司馬懿は包装を解いて、一口サイズのそれを口に含んだ。
食べられないものではなかった。
想定したよりも美味しかった。
「毒見はしてありますので、安心してください」
は相変わらず余計ないことを言った。
小箱の中のチョコレートを完食した司馬懿は
「悪くない味だった」
と褒めた。
「本当ですか!?
司馬懿様、舌が肥えていそうだったから買った方がいいかなって思ったんですけど。
手作りの方が気持ちがこもってるって甄姫様に言われて、頑張ったんです!」
ペラペラとは話す。
食べるに値した味は監修が入っていたからなのだろう。
青年は納得した。
「司馬懿様のお口に合ったようで良かったです」
はニコッと笑った。
それを見ただけで、義理チョコでもかまわないか、と思ってしまった。
「口の中が甘くなった。
お茶を淹れてこい」
司馬懿は命令をした。
「了解です」
ご機嫌な護衛武将は、何の違和感を持たずにきびすを返した。
食べ終わった空箱を見ながら、今年のチョコレートはもういらない、と司馬懿は思った。
一箱で充分だ、としみじみと感じたのだった。
どんな本命チョコがきたとしても、唯一の護衛武将が作った義理チョコを上回る気持ちがこもったチョコレートはないだろう。
そう信じたのだった。
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