もし失敗したら

「周瑜さま。
 あたしはこれからも何にも訊かないよ」
 小喬は、ささやかに笑った。
 微笑みと呼ぶのにも、儚い表情をしていた。
「小喬?」
「周瑜さまのお仕事は、あたしには難しいことばっかりだから。
 だから、訊かないよ」
 淡い色の瞳が周瑜を真っ直ぐ見上げていた。
 迷いも、陰りもない。
 ただ磨かれた玉のような輝きがあった。
 重ねられた時間が宿っていた。
「ありがとう、小喬」
 周瑜は妻の手を取った。
 小さな小さな手は、青年のそれを確かな強さで握り返す。
 ふれている箇所から、ゆるりと這い上がってくる。
 周瑜の悩みを溶かすように、あたたかな熱が。
「大丈夫だよ。
 周瑜さまはあたしよりも頭が良いんだもん。
 間違いなんて、ないよ。
 もし失敗したら」
 小喬は笑った。
 幸福しか知らない子どものような、あどけない笑顔だった。
 疑うこともせず、悩みもない。
 妻らしい笑みだった。
「またやり直せばいいんだよ」
 小喬は言った。
 聞きようによっては無責任な、楽観的な言葉だった。
 けれども、周瑜を力づけるには十分な強さの言葉だった。
 目の前の佳人は、幸福しか知らない子どもではない。
 それを青年は誰よりも知っていた。
 共に過ごした時間の数だけ、知っていた。
「そうだな。
 小喬の言うとおりだ」
 周瑜はうなずいた。

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