一度でも多く

「譲くんのオムレツは魔法だね」
 一つ年上の幼なじみが笑う。
 右手に握りめられている銀のフォークが弾いた陽光がテーブルクロスの上に落ちる。
 それよりも眩しい輝きに、譲は目を細めた。
「早くしないと、冷めてしまいますよ。先輩」
 少年が告げると、少女のフォークは忙しく働き出す。
 陶器と金属が静かに打ち合う音に、オムレツの作り手は笑みを深くする。
 料理人にとって最高の喜びは、食した人間の笑顔を見ることだ。
 どこかの特番でシェフが言った台詞だったが、その通りだと思う。
 美味しいと笑う幼なじみためなら、いくらでも努力ができる。
 わずかな塩加減も、絶妙な火加減も。
 体に染みこんでいる。
 どこの料理店よりも、少女好みの完璧なオムレツを作る自信がある。
 自慢にならないような自慢かも知れないが、譲は嬉しかった。
 他人が聞いたら、あきれ返るぐらい、くりかえし作ってきた。
 美味しいと言ってもらえるように、何度も何度も。
 最高の味になるように、調整を重ねて。
 幼なじみの少女の笑顔を一度でも多く独占するために。
「ごちそうさま」
 綺麗に空になった皿の上に、望美はフォークを置いた。
「譲くんの作るオムレツが一番だね」
 少年の努力を労うような、極上の笑顔で少女は言う。
 順位をつけられるのは、何でもできる兄に比べられるようで、あまり好きではなかったが、幼なじみの“一番”発言は好きだった。
 無頓着で、無邪気で、真っ白だった。
「ありがとうございます」
 純粋な気持ちだとわかっているから、劣等感を覚えずに、素直に受け取ることができる。
 だから、より満ち足りた気持ちになる。
「こちらこそ、ありがとう。
 こんなに美味しいオムレツを作ってくれて」
 自分だけに向けられた笑顔だった。
 自分だけが見ている笑顔だった。
「そんなに喜んでもらえるなら、また作りますよ」
「期待してるよ」
 望美は言った。
「はい」
 譲は空いた皿を下げながら、うなずいた。
 明日も、明後日も、これからずっと先も。
 少女の笑顔を見るために、譲は努力をするだろう。
 それは他人が思うよりもずっと有意義で、価値のあることだった。


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