だから、好き


「私はこの国が大好きです」
 当たり前ようには笑った。
 笑う。
 青年には理解ができなかった。
 自分は、同じことを言うことができない。
 夏の雲のように大きくなっていく、曹魏を好きだと思ったことはない。
 己の命が惜しかったから、ここにいるのだ。

 大好きだ、と言い切った。

 護衛武将の単純な思考に「気楽なものだ」と思った。
「この国を一生懸命に守っている司馬懿様も、大好きです」
 真夏の太陽のように無駄に明るい笑顔で、は言った。
 気負いもなく、自然に。
「私は与えられた役割を果たしているだけだ」
 司馬懿は言った。
 大きな黒い瞳は何もかも知っているような光を宿して、笑みを深くする。
「そんなことを言っちゃう司馬懿様も大好きです。
 そんな司馬懿様の護衛武将で」

「私は幸せです」

 無二の信頼は得がたいものだろう。
 護衛武将であることを幸せだという、そういうものは稀有だろう。
 自分以外の誰かのために、死ぬ。
 その職務を……幸せだと笑いながら言う。

 司馬懿には理解できなかった。
 理解したいとも思わなかった。


短文に戻る