30:終

 その日も、晴れだった。
 永遠に続くように感じる、鮮やかな晴れ。
 緑が輝いて見えるような青い空だった。

 地の守護聖は、窓際に置かれたオルゴールを手にする。
 くすんだ金色をしたそれは、手の平にすっぽりと納まる。
 硝子越しに蜜色の光を浴びていたせいか、オルゴールはほんのりとあたたかかった。
 時間の中、少しかすんだ色のオルゴール。
 思い出と呼ぶほど、重いものではない。
 手慰みに作られた小さな演奏箱。
 本当の持ち主に手渡されなかったもの。
 捨てるなら、と引き取っただけだ。
 何となく一緒にい続けたものに、ルヴァは微笑みかけた。

「忘れるつもりはないんですよ」
 ルヴァは、オルゴールの小さなネジを巻く。
 久しぶりの感触に、困惑がにじむ。
「でも、どうしてどうしょうねー。
 心急くほど、忙しいはずではないのですが……」
 独り言は、言い訳ばかりだ。
 自己弁護をして、正当化する。

 カチリ カチリ

 時計の針を巻き戻すような、そんな音がする。
 目には見えない時を、刻む音に似ている。
 ネジから手を離す。
 オルゴールは、物悲しい歌を奏でる。
 錆びついていた時を取り戻すかのように、勢い良く金属片は回る。
 
 人が『愛しい』と感じるときは、終わりが見えるときだと、古い詩集にあった。
 そうなのかもしれない、とルヴァは思った。
 明確に区切られた時間の中に、ルヴァが立ち尽くしているから、強くそう感じるのかもしれない。
 女王試験は終了した。
 長く、さまざまなアクシデントに見舞われたが、無事に終わったのだ。
 金の髪の少女が女王に選ばれ、この世界を救った。
 歴史を紐解いてみても、この功績に並ぶ偉業はないだろう。
 新しい世界の始まりだった。
 喜びあふれる世界で、ルヴァは苦笑を浮かべる。
 ルヴァの部屋に、朽ち果てようとしていたオルゴールのネジを巻きに来ていた少女が、女王だ。

 このオルゴールを作った人物は、小さな芸術品を試しに鳴らしただけだった。
 オルゴールの持ち主になったルヴァも、熱心にオルゴールのネジを巻いたりしなかった。
 物悲しい音色が、作者を思い出し、その気持ちを考えてしまうからだ。
 答えがもう出てしまっている、過去のことだ。
 思考をめぐらしても、意味がない。
 あの『恋』は終わってしまったのだ。
 彼が聖地を去ったときに。
 その想い出は、このオルゴールの中に留まるだけだ。

 ルヴァの想いも……。
 この部屋のどこかで、眠り続けるのだろう。
 書き上げた報告書の中で、差し上げたしおりの中で。
 誰にも気づかれずに、ひっそりと。
 始まったことも知られず、終わったことも知られず。
 眠るのだろう。

 トントン

 控えめなノックに、ルヴァは顔を上げる。
 オルゴールを定位置に戻すと、扉を開けた。
 ブルーグレーの瞳は見開かれる。
 外に広がる緑よりも鮮やかな色の瞳がルヴァを見上げていた。
 女王の正装ではなく、幾分か機能的な執務服姿の少女が立っていたのだ。
「こんにちは!」
 新女王陛下は、候補時代と変わらずに、元気の良い挨拶をする。
「……あ、は、はい。
 こんにちは。
 どんなご用件でしょうか?」
 ルヴァは扉を開けきり、アンジェリークを部屋に通す。

「オルゴールを巻きにきました」
 少女は笑った。
 変わらない、とルヴァは嬉しくなった。
「オルゴールがお待ちかねです。アンジェリーク」
 青年は女王の名を呼んだ。
「はい!」
 アンジェリークはうなずいた。


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