つい
袖を引かれた。
幸鷹は驚き、振り返った。
「もう少しだけ。
……大丈夫ですか?」
不安げな問いかけ。
袖をつかむ細い指先は、震えていた。
寒さだけのせいではないだろう。
「かまいませんよ」
幸鷹はうなずいた。
「ありがとうございます!」
白龍の神子は、嬉しそうに微笑んだ。
神子の願いを叶えるのは、八葉としての当然の務めだと思ったが、幸鷹はその言葉を胸にしまった。
目の前の少女は、そういう言い方を好まないことを知ったからだ。
現代高校生であれば、自然な感覚だ。
クセのない感性を大切にしたいと思う。
いつか帰るのだから、その価値観を守ってやりたいと思う。
だから、幸鷹は微笑むにとどまった。
星の見える場所がいい、と少女は言う。
季節を取り戻した京は、凍えるように寒いというのに、廂まで出て、空を仰ぐ。
墨を流したような空に、銀の星が瞬いていた。
「幸鷹さんは、いくつまでサンタさんを信じていましたか?」
「え……?」
「私は、今でも信じています」
花梨は幸鷹を見つめて、微笑んだ。
ああ、それで自分なのか。
幸鷹は理解した。
記憶を取り戻した自分だから、話し相手になれる。
それを幸運だと思った。
二つの世界を知ることは、不幸ではない。
「もうすぐ、クリスマスですね」
幸鷹は言った。
「毎年、この時期は楽しみなんです。
お祭りは、どんなお祭りでも好きですけど、クリスマスは特別な感じがして……。
サンタさんは、何をプレゼントしてくれるんだろうって」
目を細めて語る姿は、幸せそうだった。
両親に愛され、大切にされ、育ってきたのだろう。
「あ、でも、私のサンタさんは、お父さんとお母さんだって、知ってますよ!」
花梨は慌ててつけたした。
「いつ、気がつきましたか?」
幸鷹は質問した。
「小学校の2年生ぐらいのときです。
クラスで、そんな話になって。
サンタさんはいないって。
私の家のクリスマスツリーの下には、毎年プレゼントが用意されていて。
だから、その年のクリスマスは一生懸命に起きていました。
でも、気がついたら、朝だったんです」
残念そうに花梨は言う。
まだ7、8歳の少女がうつむく姿が想像できた。
「では、サンタクロースはわからずじまいですか?」
失笑しないように気をつけて、幸鷹は尋ねる。
「それがきっかけで、色々と調べて。
サンタさんは実在していないって。
それで、サンタさんは両親だって知りました」
「今でも信じているんですよね」
「はい!
両親が用意している姿を、いまだに見たことがありませんから。
それより、いると信じたほうが楽しいですよね。
だから、私はサンタさんはいると思っています」
花梨は言った。
「素敵ですね」
少女のしなやかな強さをまぶしく感じた。
「そうですか?
のんきなだけです」
花梨は、照れ笑いを浮かべる。
「クリスマスに間に合うように、頑張らなければいけませんね。
あなたのサンタクロースが、待ち疲れてしまいます」
「きっといつまでも、待っていてくれます。
だから、私は白龍の神子として、ここでちゃんと務めを果たします」
「毎年、楽しみに……」
「はい。
だから、今年も楽しんでいます。
プレゼントは、目に見える形だけではありません。
こうして、もう一つの世界を知れること。
それも、プレゼントです」
花梨は言った。
背伸びかもしれない。
強がりかもしれない。
それでも、そう言い切った少女は輝いて見えた。
「幸鷹さんは、二つの世界を知ったことを後悔していますか?」
無垢な声が問う。
「いいえ」
幸鷹は、少女の望む答えを、自分が信じたい答えを口にした。