世界が白く染まる。
女神の優しさに包まれ、祈りの日を迎える。
「ねー、キール。
クリスマスなのに、ツリーを飾らないの?」
お騒がせな魔導士見習いは言った。
「はあ?
ツリー?」
緋色の肩掛けをした青年が答える。
魔導士しての階級と釣り合わない、若い男だった。
成人して、二、三年たったぐらいだろうか。
黒を基調にした魔導士らしい格好は、大通りでは目立っていた。
「うん」
少女――芽衣は真面目にうなずく。
「木なんて、どうするんだ?」
キールと呼ばれた男は、買い物リストを見ながら、連れに尋ねる。
今日は、降誕祭ということも手伝って、広場に人が多い。
必要なものを買い揃えるのは、大変そうだった。
「飾るに決まってるじゃん」
「飾ってどうするんだ?」
予想外の答えに、キールは芽衣を見た。
異世界の来訪者は、風変わりな習慣を持つ。
「クリスマスだから!」
「残念だったな。
こっちじゃ、降誕祭だ」
キールは知識の訂正してやる。
困ったように笑って
「クリスマス、とやらじゃない」
と、言った。
違いを一つ見つけるたびに、心の中にさっと痛みが溶ける。
ガラスの粉のような小さな痛みが、チクチクと広がる。
彼女は、自分を十六年間育てた世界を愛している。
故郷から引きはがしたのは、間違いなく自分だった。
そのことを直接、責められたことがないから、余計に辛くなる。
「あんまり、違いはないと思うんだけど。
神様の誕生日って意味では。
飾っちゃダメ?」
芽衣は笑う。
「自分で持って帰るなら、木を伐りに行ってやってもいいが」
重いぞ、とキールは言った。
「そんな大きいのじゃなくていいよ。
このぐらいで」
芽衣は手振りで示す。
指先から肘ぐらいの高さだった。
「どんな木でも良いのか?」
「できたら、葉っぱがトゲトゲして、冬でも緑のがいいんだけど」
「針葉樹林か……」
花屋で買うことも考えていたのだが、そういうわけにもいかなくなった。
キールはしばし考え込む。
「ダメ?」
少女は不安げに尋ねる。
「帰りに郊外の森によるか」
そこなら、少女の希望を叶えられそうだった。
「本当!?
ありがとう、キール!
大好き!!」
喜びを体いっぱいに、少女はあらわす。
「大げさだな」
キールは大きく息を吐き出した。
◇◆◇◆◇
郊外の森は、人の気配どころか、生き物の気配すらなかった。
清謐をたたえた空間は、神聖なものに感じられた。
「お前の故郷では、ツリーは何の象徴だ?」
歩きながら、キールは問う。
「ん?」
青年と同じように、荷物を抱えた少女はきょとんとする。
「意味があるんだろう?
針葉樹林じゃなきゃいけない理由が」
「あ、うん。
枯れない葉は、永遠の象徴なんだって。
赤が『流れた血』で犠牲。
クリスマスは私たちの罪を背負って、十字架にかかったキリストの生誕を祝う。
祝福するって、学校で習ったなぁ」
芽衣は答えた。
「ずいぶんと物騒だな。
永遠の犠牲か」
「でも、私たちの国では、お祭りをする日だったよ。
恋人や友だちや、家族と。
美味しいもの食べて、大騒ぎする日。
こっちじゃ、違うんでしょ?」
少女の笑顔が曇って見えたのは、気のせいではない。
「…………。
今日は、家に来るか?」
「家って?」
「兄貴に頼めば、ご馳走ぐらい用意してくれるだろ。
家族ってわけにはいかないが、友だちって条件は達成できる」
キールは提案した。
「え?」
「ツリーと、ご馳走。
あとは、何が必要だ?」
「ケーキ!」
「それも、兄貴に頼んでやる」
キールはぶっきらぼうに言った。
「いいの?」
焦げ茶色の瞳がキールを見つめる。
「何がだ?」
「そんなに甘やかしちゃって」
「一年に一度なんだろう?
お前の世界でも」
「こっちの世界は、エーベ神の降誕祭なんでしょ?
お祝いしなくていいの?
それに研究するから、院に残るって」
「あまり違いはない、と言ったのはお前だろ?」
「そうだけど。
だって、そんなの。
全然、キールらしくないよ」
芽衣はうつむいた。
「木を伐ったら帰るぞ」
「うん」
一年に一度。
愛の女神エーベは、恋人たちに祝福を与える。
未来の恋人にも、優しさが降る夜。
世界を越えて巡りあった二人は、まだそれに気づいていなかった。