「ルヴァさま。
森の湖に行きませんか?」
日の曜日の執務室。
金の髪を弾ませながら、少女は入ってくる。
「とっても良い天気ですよ」
ここに来るまで、陽光の恩恵を受けてきた少女は笑う。
外に出るのが、あまり好きではない青年でも
「あー。良いですねー」
とうなずいてしまうほど、楽しそうだった。
森の湖は、日の曜日であっても、静寂をたたえていた。
ここに来る恋人同士がそうであるように、柔らかな下草の上に二人は座った。
「ここは、とても静かですね」
アンジェリークは言った。
翡翠色の瞳は、漣立つ湖を見つめていた。
「そうですね。
ここの森の湖も静かですねー」
「ここも?」
「あー。えー、そのー。
ご存知ありませんかー?
この飛空都市は、聖地に模されているのです」
ルヴァは困ったように、両手の指先だけをあわせる。
「じゃあ、これと同じものが、もう一個あるんですか?」
青年の視線の端に、金の髪が揺れる。
「あー、そうなることになりますねー。
まるっきり、同じものってわけではないんですよー。
良く似ているんですが、違うものなんです」
ルヴァは薄く笑った。
脳裏に、美しい森の湖がよぎる。
目の前にあるものと似ていて、少し違う風景。
「どう違うんですか?」
好奇心旺盛な少女は尋ねる。
「聖地では、時折り虹がかかるんです。
滝に、こう虹が」
ルヴァは手振りを交える。
「虹!
見てみたいです」
アンジェリークは言った。
「聖地ですからねー。
あなたが女王になれば、見られるでしょうが……」
もう一人の女王候補に比べたら、頼りない少女が、女王になれるのだろうか。
専門的な教育の有無が、女王選出のときに考慮されるわけではない。
それでも、どうなのだろうか、とルヴァは考えてしまう。
美しい聖地を見て欲しい。
もっと自由でいて欲しい。
この代で即位するということは、苦難を背負うということだった。
できることなら、もっと平坦な道を歩んで欲しい。
「女王になれば、見られるんですね。
じゃあ、がんばります!」
アンジェリークは言った。
「ただの虹ですよ」
「ルヴァさまが見た虹を、見てみたいんです。
綺麗だったんですよね」
期待に満ちた翡翠色の瞳が、ルヴァを見上げる。
「ええ。
とても、綺麗です」
ルヴァは嘘をつけなかった。
聖地は女王の力の下、美しく、完全だった。
「だから、がんばります。
努力の先にあるご褒美は、たくさんの方がいいですから」
明るく少女は言った。
◇◆◇◆◇
日の曜日。
森の湖は静かだった。
人気がないためか、滝の音だけが辺りを満たす。
ルヴァは滝を見上げていた。
太陽の光を受け、七色の虹がかかっている。
綺麗だ、とルヴァは思った。
世界のすべては生まれ変わり、女王の力で満ち、輝いている。
まぶしいほどの金の光。
飛空都市の懐かしい記憶がよみがえる。
ほんの少し前の過去が、愛しいと感じる。
一人でいるせいか、感傷気味だった。
想い出は無駄をそぎ落として、さらに美しくなっていた。
「ルヴァ」
朗らかな声に呼ばれて、振り返る。
「昔のことを思い出していました」
青年は微笑んだ。
「昔?」
「ええ。
あなたが女王候補だった頃のことです」
ルヴァは愛しい少女を見つめた。