ひらひらと蝶が舞う。
花の間を縫って、ひらひらと飛ぶ。
とまらることを知らず、翅は風景に色を添える。
無邪気な姿に、青年は妻の姿を重ねた。
ひらひら。
翅を広げて、ひらひら。
風に耐えぬような繊細な形。
春を告げる胡蝶。
ひらひら。
その舞う姿に、周瑜は仕事の手を休めた。
華やかな舞を言葉で、描くことはできないだろうか。
青年は考える。
それは戦のことを考えるよりも、心躍ることだった。
竹簡を卓に戻し、窓に寄る。
漆塗りの枠に手を置き、景色を眺める。
「あれぇ?
周瑜さま、お仕事おしまい?」
光をはじくような明るい声に、周瑜はびっくりした。
窓枠をはさんだ向こう側に、妻がいた。
神出鬼没なのは、親友だけではないらしい。
予想外の場所から、現れる。
「小喬」
驚きを隠そうと、幼く見える女人の名を呼んだ。
「お仕事は、もう良いの?」
小喬は尋ねる。
「一段落つけようと思ったところだ」
院子に舞う蝶に気をとられるような集中力で、仕事をしても効率が悪い。
周瑜は薄く笑った。
「ホント?
やったー!」
顔をくしゃっとさせて、小喬は笑う。
胸の前で手を叩き、跳ねるように回る。
淡い色の髪が宙にサラッとまかれ、裾の長い衣が揺れる。
蝶のようだった。
あるいは、蝶が小喬に似ているのかもしれない。
「じゃあ、今日はずっとお話できる?
ずっと一緒?」
はしゃぐ妻に、周瑜はうなずいて見せた。
「嬉しいぃ〜!
周瑜さま、お仕事いっぱいしてるんだもん。
あ、お仕事が大切だって、アタシだってわかるよ!
でもね。
いっぱい、いっぱい、お仕事してるとね。
疲れちゃうよ。
たまには、息抜きが必要なんだよ!」
真面目な顔で小喬は言った。
「私は、そんなに仕事をしていたのか」
「うん!
だからね、今日はゆっくりしよう!
お仕事はちょっとあっちに置いておいてね」
「小喬の言うとおりだな」
周瑜は苦笑する。
周りが見えなくなるほど、仕事詰めだったらしい。
小喬が退屈を覚えて、言い出せなくなるほどの間。
仕事ばかりをしていた。
「あのね。
お庭に咲いた花を周瑜さまに教えてあげようと思ったの。
だから、こっちから声をかけたの。
ね、早く早く」
言うが早いやか、小喬は身をひるがえす。
そよと吹く風にのるように、小さな体は花々のもとへ駆け出す。
追いかけようにも、周瑜は室内にいる。
親友のように、窓枠を越えていくのも魅力的だったが、それをしたら二度と親友を怒ることができなくなる。
「周瑜さま、早く!」
「すぐに行く」
笑顔を浮かべると、周瑜は扉を開けた。
少々遠回りになるが、仕方があるまい。
書きかけの竹簡の脇を通り過ぎる。
ここ最近、この地のことばかり考えてきたのだ。
陽が落ちるまでの間ぐらいは、頭の片隅に押しやっても良いだろう。
自分に言い訳しながら、周瑜は春の院子に出た。
明るい色の花々と、繊細な胡蝶。
そして、最愛の妻が迎えてくれた。
お題配布元:[30*WORDS]
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