感傷は風がさらっていく。
空の青さが溶かしていく。
くっきりとした笑顔を浮かべる女性。
泣きたいときは泣き、怒りたいときは怒る。
どこまでも素直で、呆れるぐらい無垢だった。
見知った女性たちとは違ったからこそ、惹かれたのだろう。
面影の中の女性がささやく。
大切になさい、と。
生まれて初めて感じた想いは、甘いだけではなかった。
焦げつくような気持ちに途惑い、恐れた。
逃げるばかりの自分を、引き止めたのもまた彼女だからこそ。
抜け出すことのできない迷い道に、捕まってしまったようだった。
「鷹通さん」
この世に二人といない稀有な存在に、名を呼ばれ青年はハッとした。
「考え事ですか?」
いつの間にか、すぐ傍にいた少女が笑う。
明るく朗らかな笑顔は、花に譬えるのでは物足りない。
今をときめく左大臣の邸宅の花も色あせて見えた。
「申し訳ありません、神子殿」
鷹通は表情を引き締める。
「気にしないでください。
お仕事、忙しいの呼びつけちゃったりして……。
こっちこそ、ごめんなさい」
あかねは顔の前で手を合わせる。
「いえ、かまいません。
神子殿の願いを叶えるのも、八葉の役目の一つです」
「そんな大層なことを訊くわけじゃないんで。
その、あんまり、かしこまらないでください。
……困っちゃいます」
あかねは、はにかむ。
「それで何を知りたかったのですか?」
「えーっと。
庭で訊いてもいいですか?
ここだと、ちょっと」
少女はちらちらと辺りを見渡す。
廂には人影はない。
けれども、貴人の周囲には女房が控えているのが常。
気安いところのある客神は、慣れないことなのだろう。
「わかりました。
今日は天候にも恵まれていますからね。
日の光が恋しくなるでしょう」
風変わりな少女は、太陽の下、全開の笑顔を見せる。
変わっていることが居心地が良い、と感じる。
「鷹通さんって京が好きなんですよね」
「はい」
「だから、鷹通さんが好きな京のこと、たくさん教えてください。
せっかくこの世界に来たんです。
私は、もっと好きになりたいんです」
屈託なくあかねは笑った。
彼女の言ったことは、とてつもなく素晴らしいことだった。
知らない世界に来て、なお前向きでいられる人間はどれほどいるだろうか。
気負いもせずに言った少女に、驚いた。
「お手伝いしますよ」
鷹通はうなずいた。
まるでよく晴れた空のようだ、と思った。
すぐ傍にあるように見えるのに、手を伸ばしても決して届かない。
「お願いします!」
生まれて初めて感じた想いは、かすかな痛みをともなう。
甘さにくるまれた柔らかな棘が、ちくりと胸を刺す。
空の青さを見る度に、この笑顔を思い出すだろう。
きっと、住む世界が分かたれても。
思い出すのだろう。