06:甘

 唐突なのは、変わらない。
 驚きながら喜ぶ自分を見つけ、苦笑した。
「あいかわらず、仕事ばっかりしてるのね」
 暁色の瞳をきらきらと輝かせて、少女は言った。
「お久しぶりですね」
 エルンストは書きかけの論文を、保存する。
 いくつかのキーを手早く入力すると、モニターはブラックアウトした。
「続けていいのに」
 レイチェルは手近な椅子を引いてくると、座った。
「いいえ、そういうわけにはいきませんよ。
 遠方に住んでいる忙しいはずの友人が、遊びに来てくれたのですから」
「仕事なら、きちんと済ましてきたよ。
 ちょー優秀な補佐官さまだからね」
 得意げに少女は言った。
 そうしていると、歳相応だとエルンストは思った。

「あなたには前科がありますからね。
 急ぎの仕事ではありませんし」
「……あれは、まだ小さかった頃のことだよ。
 いつまでも覚えてるんだから」
 これだから年寄りは困っちゃうよ、とレイチェルは口を尖らせる。
「記憶力は良いほうですから、いつまでも覚えていますよ」
 こうやって軽口を叩き合っていると、昔に戻ったようだった。
 懐かしいと思うほどには、時は流れた。
 目の前の少女には、変わりがなかったけれど。
 チタンフレームの奥の瞳が和む。
「それで、くりかえし言うんでしょ。
 お・じ・さ・んは!」
 ふれられたくない過去の汚点だったのだろう。
 少女は不機嫌に言った。
「そうですね」
 過去の記憶をくりかえし思い返すのは、歳をとった証拠だ。
 今よりも、未来よりも、過去を見つめている。
「……」
 レイチェルは、黙った。
 エルンストの反論を待っていたのかもしれない。
 ふいに沈黙がやってきた。
 コンピューターの立てるモーター音だけが響く。
 普段なら耳に止まらないような、静かな音。

「あなたは変わりませんね」
「エルンストも変わってないみたいだけど?」
「歳をとりましたよ」
 エルンストは苦笑した。
 少女は困惑を浮かべる。
「あなたが失ったものの一つですね」
 損をしたのは、少女のほうだ。
 不老長寿は人類の夢かもしれないが、限りあるからこそできることがある。
「あなたが私のできないことをするように、私はあなたができないことをするのです。
 短い一生に見えるかもしれませんが、充足感は一緒です」

「後悔はしないつもり」
 レイチェルは小さく笑った。
「同感です」
「だから、同情はしないで」
「心配はさせてください」
 エルンストは言った。
「あんまり違いはないと思うんだけど?」
 レイチェルは眉をひそめる。
「かすかにでも違いがあれば、別物ですよ」
 エルンストの言葉に、少女は弾けるように笑った。
 ひとしきり笑った後、目の端にたまった涙をぬぐって、
「そうだね」
と、飛び切りの笑顔で答えた。
「それで、本日のご用件は?」
「エルンストの顔を見たかっただけ。って言ったら、怒る?」
「いいえ。
 あなたらしい」
 エルンストは言った。

 それだけの理由で、別の宇宙までやってきた少女を叱る気にはなれなかった。
 ずいぶんと甘いと思うものの、喜ぶ自分を棚上げして、怒るわけにはいかないのだ。


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