永遠の春が続く、仮初めの楽園。
悠久が存在しているような静かな一室にも、黄金の光が差し込む。
純白のレースのカーテンを、爽やかな風が揺らす。
窓辺には、少女がいた。
時に忘れられたように、置き去りにされたオルゴール。
くすんだ金色をしたそれに、白い手が伸びる。
「差し上げましょうか?」
穏やかな声に、ハッとする。
「あ、すみません!」
金の髪の少女は、慌てて頭を下げる。
「謝る必要はありませんよー」
温かい声に励まされ、アンジェリークは顔を上げる。
時代がかった民族衣装をまとった青年は、柔らかく微笑んでいた。
「欲しいなら、差し上げましょうか?」
ルヴァは言った。
「いえ、そんなこと!
ダメです」
アンジェリークは、首を思い切り横に振る。
「これ、大切なものですよね。
いただけません!」
人の好い青年は、固辞しない限り、思い出の品であろうともくれそうだった。
少女はきっぱりと断った。
「大切というのでしょうか?
ずっと、長いこと一緒にいるのは、確かですねー」
青年はオルゴールを手に取ると、ネジを巻き始めた。
カチリ カチリ
針が時を刻むような音が響く。
「なおさら、ダメです」
アンジェリークは言った。
ルヴァは小さく笑い、ネジから手を離した。
金属片が音を紡ぎ、一つの曲が始まる。
奏でるのは、物悲しい歌。
「長いこと一緒にいても、こうしてネジを巻くのは久しぶりなんですよー。
……少し寂しい曲ですねー」
ルヴァはオルゴールを元の場所に戻す。
くすんだ金色のそれは、陽光の中、音を創り続ける。
「良い曲ですね。
何ていう曲なんですか?」
アンジェリークは尋ねた。
このオルゴールと同じ曲を奏でるオルゴールが欲しいと思ったから。
お揃いのものを持ちたい思ったから。
「それが、私でもわからないんですよ」
困ったようにルヴァは言う。
「え?」
知恵と知識を司る守護聖であっても、わからないことがあるなんて、少女には信じられなかった。
「この曲はオリジナルのものなんです。
作った人は、曲名を教えてくれませんでしたから、永遠の謎ですねー」
遠い昔を懐かしむようにブルーグレーの瞳は、オルゴールを見つめる。
「じゃあ、世界に一つだけしかないんですね」
欲しい、と言わなくて本当に良かったと、少女は安堵する。
同じものが手に入らないのは、ちょっと残念だと思ったけれど。
「そういうことになりますねー」
「宝物ですね!」
アンジェリークは笑った。
「……そうですね」
ルヴァはうなずいた。
ブルーグレーの瞳が少女を見た。
やさしく見つめられて、アンジェリークの鼓動は高鳴る。
「欲しいと思う人が持っているほうが良いと、私は思うのです。
手元にあっても、聞くことを忘れてしまいますから。
差し上げても、かまいません。
けれど、あなたは断るでしょうねー。
だから、こうしませんか?」
ルヴァは、鳴り止んだオルゴールを、アンジェリークの手に持たせる。
金属のヒヤッとした感触と、あたたかな手のぬくもりに、鼓動はさらに早くなる。
「このネジを巻きに、来てくれませんか?」
その言葉に、少女は首を縦に振った。