「どうしたのお姉ちゃん?」
小喬は出された茶菓子を手に尋ねた。
姉が不機嫌な時は厨房にこもる。
そして茶菓子を作って、苛立ちを発散させるのだ。
結婚してもその習慣は変わらないようだった。
「なんでもないわよ」
と大喬は淹れてきたお茶を卓の上に置く。
そして裳裾が絡まないように座った。
どうやら本気で怒っているようだった。
「孫策様と何かあったの?」
小喬は問うた。
茶菓子に手を伸ばしていた手が止まった。どうやら当たりのようだった。
「別に何もないわよ」
大喬は微笑んだ。その笑みが美しい笑みだったから、より恐ろしいと思った。
どうやら、何もないのが問題らしい。それが小喬に伝わってきた。
今日は執務から抜け出すこともなく、真面目に仕事を勤しんでいるはずだった。
小喬の夫である周瑜が見張っているようだ。
そうでなければ大喬の部屋を覗きに来たり、城下に降りるだろう。
「贅沢なの」
大喬は寂しそうに笑った。
「お姉ちゃんが?」
「ここに孫策様がいらしたら、どんなに良いだろうって考えてしまうの」
ためいきと共に零した。
愚痴を言うことが珍しかった。
ここ数日、戦の準備で孫策は忙しそうにしていた。
真面目に書類整理やら、書簡を出すやらで、周瑜が真っ直ぐ屋敷に帰ってこれて小喬には嬉しかった。
けれども、大喬にはそれが切ないのだろう。
好きな人とは一緒にいられるのが一番、嬉しいよね。
茶菓子をほおばりながら小喬は思った。
「じゃあ、この茶菓子を孫策様に差し入れしてみたら?
お茶を飲む時間ぐらいはあると思うんだけど」
小喬は提案した。
「お仕事の邪魔になっちゃうでしょう?」
と大喬は言った。
お姉ちゃんも頑固なところがあるよね。
こうと決めたら、絶対貫くし。
少しぐらいさぼっても、そんなに影響は出ないと思うんだけど。
小喬は茶器に手を伸ばす。
薫り高いお茶だ。
故郷で飲んでいたものとは違うけれども、これはこれで美味しそうだった。
「それに姉妹そろって、お茶をする時間を取れるのは珍しいでしょう?」
「そうだね。
昔はずっと一緒だったけれど、結婚してからはバラバラだもんね」
小喬はまだ熱いお茶をすするように飲む。
「だから、こんな貴重な時間を過ごすのも悪くないと思って」
大喬は言った。
廊下から賑やかな足音と話し声がしてきた。
二喬は立ち上がる。
何かあったのだろうか。
不思議に思っていると、部屋に夫たちがやってきた。
孫策が屈託のない笑顔を浮かべる。
「これから城下に行くぞ」
と大喬の手を取る。
「なぁ、約束通り、仕事を終わらせたんだからいいよな」
孫策は周瑜の方を振り向く。
「ああ、そういう約束だったな。
たまには休憩も必要だろう」
ためいき混じりに周瑜は言った。
「じゃあ、周瑜様もお仕事おしまい?」
小喬は期待をしながら尋ねた。
「そうだな」
周瑜は小喬の頭を撫でた。
「やったぁ!」
小喬は体全体で喜びを表した。
その様子に周瑜は目を細めた。
孫策様のおかげで幸運を手に入れちゃった。
ほんとうに、ありがとう!
お姉ちゃんと城下を散策してきてもいいよ。
お姉ちゃんとの時間は、またいつか取れるし。
周瑜様と一緒にいられるのは嬉しい!
「お姉ちゃんたち、行ってらっしゃい!」
小喬は笑顔で見送った。
「日が暮れるまでには帰ってくるように」
周瑜は釘を刺す。
「それぐらいわかってるよ。
さ、支度して行こうぜ」
孫策が大喬の細い肩を抱きしめた。
姉の陶器のような白い肌が赤く染まる。
それを見た小喬はほんの少しばかり、妬けた。
あたしも周瑜様にぎゅっとしてもらいたいな、と思ってしまった。
そうしたら、もっと幸せな気持ちになれるのに。
「小喬。私たちは院子に行こうか。
君に見せたい花が咲いたんだ。
それとも、君も城下に行きたいか?」
周瑜は訊いた。
「周瑜様と一緒なら、どこでもいいよ。
だって、二人きりなんでしょ」
小喬は笑った。
「ああ、邪魔者はいない。二人きりだ」
「嬉しい!」
小喬は周瑜に抱きついた。
抱きしめてもらえないなら、こっちから抱きつくだけ。
それで幸せな気分になれる。
周瑜は抱きとめて、微笑んだ。
「私も嬉しいよ」
甘い声音が小喬の耳朶を打つ。それが嬉しくって、背に回した手に力をこめた。