きざはし


 院子へと続く階で、すれ違った。
 いつもと違うあなたが逃げるように院子に向かうから、
 声をかけた。

「大丈夫ですか?」

 全然、大丈夫のように見えなかった。
 あなたは立ち止まる。
 階を降りていこうとするあなたと、上っていこうとする自分。
 段差一段分。

「大丈夫よ」

 強がりなあなたは笑って言う。
 その声は、いつもと同じように思える。
 けれども違うとわかる。
 他の誰でもなく、自分だから、気がついた。

「心配性ね。
 私は平気だから!」

 言葉を重ねる。
 明るい茶色の繊細なまつげがかすかに震えていた。
 大きな瞳は決して、瞬かない。
 何かを拒むように、真っ直ぐとそれは見ている。

「大丈夫よ」

 もう一度、同じ言葉をくりかえす。
 言い聞かせるように。

「私には大丈夫のようには見えません」

 緑の瞳が見る。
 今まで瞬かなかった瞳が、伏せられる。
 頬を涙が伝う。
 静かな泣き方だった。
 涙がポロポロとこぼれるだけ。

「大丈夫よ」
 
 その声は、頼りげなかった。

「もっと、頼ってください」
 
 一段上る。
 これで、あなたと同じ段になる。
 見上げずにすむ。

「あなたよりも、背が高くなりました」
「だって、あなたは年下じゃない」

 あなたは困ったように言った。

「そればっかりは、埋められない差ですよ」
「だって、年下には頼れないわよ」
「だったら、あなたは女性で、私は男です。
 頼りになりませんか?」
「……」
 
 涙濡れた緑の瞳が見る。

「でも、頼れないわ。
 私のほうがお姉さんだから」

 あなたはかすかに笑った。


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