祖龍城のやや外れた一角。
背に翼を持つ者であっても通りすがるだけで、腰を下ろそうとはしないような場所。
いわゆる『穴場』だったわけなのだが、呼ばれない客が訪れていた。
精霊師の少年統風は、げんなりと話を聞き流していた。
一人でぼんやりとしていたいと思ったからこそ、ここに来たというのに。
「――というわけで、どうしたら良いと思いますか?
統風さん」
そんな統風の心理を読めるはずもない同族の少年永雪が尋ねてくる。
「質問」
統風はためいきをついた。
「何ですか?」
黙っていれば文句なしの美形。
精霊師に多い陰にこもったミステリアスな美しさではなく、他者に好印象を与える健やかで伸びやかな美しさ。
永雪には、葉を茂らせる若木を見るような清々しさがあった。
黙っていれば。
「どうして僕なのかなー?
他にも適任者がいると思うんだけど?」
統風は尋ねた。
「彩香さんと一番、一緒にいるじゃないです……ぐがっ」
永雪はわざとらしく、頭を押さえた。
非力な精霊師に宝剣で殴られたぐらいで、涙目になるのは大げさだろう。
物攻の魔法を唱えたりはしなかったんだし、軽くしか殴っていないのだから。
永雪の反応は大げさだ、と統風は頭の中で繰り返す。
「僕が一緒にいる時間が長いのは、凍夜さんなんだけど。
他人が聞いたら誤解をするような言い方をしないでくれるかな?」
統風は訂正を求める。
「じゃあ二番目で良いです。
パーティを組んでいるから、よくわかるかな? と思って」
立ち直りの早い少年は明るく元気に言う。
「永雪は蒼月さんや白識の気持ちがよくわかる。
わけだ。なるほどね」
統風は永雪のパーティメンバーの名を挙げる。
片や無愛想。片や無口。
コミュニケーションの欠片もなさそうなパーティだ。
普段の狩りはどうしているのか、好奇心がもたげてくる。
「うっ……」
「それに、彩香が一番一緒にいるのは僕じゃないだろ?」
「他に誰がいるんですか!?」
「リアトロウルフ」
統風はしれっと答えた。
「俺、リアトロウルフと会話ができません」
大真面目に永雪は言った。
「会話ができたら、訊くんだ」
確かに訊きそうな性格しているな、と統風は思った。
「え? ダメですか?
そういえば統風さんは、何を渡すんですか?
参考にしても良いですか?」
「彩香の誕生日ねー。
用意してないよ」
「統風さんは、凍夜さんのときは用意していましたよね!」
「だって凍夜さんだもん。
僕は、妖族の誕生日なんてナンセンスだと思うんだよね」
「そうですか?」
「親がいて生まれてくるわけじゃないんだし」
「でも、生まれてきたことを祝ってもらえたら嬉しいじゃないですか!
統風さんは、そんな経験がないんですか?」
永雪は力説する。
そういう少年の誕生日はいつなのだろうか。
祝われている姿を見たことがない。
「最後に祝ってもらったのは、何年前だろ?
凍夜さん、日付に無頓着だからさ」
統風は微笑んだ。
誕生日はささやかでいい。
故郷で祝ってくれたのは姉だけだ。
お互い軍属になってしまえば顔を合わすことすら稀となる。
それに祝いの言葉は『誕生日』とは限らなくなってしまった。
『誕生日』よりもクエストの成功、新しい魔法の習得。それらを祝われることが多くなった。
大人になった、ということなのだろう。
「可哀想ですね」
永雪の声のトーンが落ちた。不吉なほど。
「いや、お前の同情は本気でいらないから」
統風は慌てる。
「俺、統風さんの今年の誕生日、全力で祝いますね!!」
断言した。
Mr.地雷踏みという仇名を貰う少年の全力。
「迷惑だからお断り。
僕は一日、静かに過ごせれば良いんだ。
永雪がいたら、ドタバタ騒ぎになるだろう?」
「それで良いんですか?
寂しい人生だと思います」
永遠に解けない雪のように淡い瞳に『哀れみ』がたっぷりとまぶされる。
「キュアフィールドも唱えられないお子様に、人生を語られたくないんだけど」
「統風さんは間違っています」
「『彩香さんの誕生日プレゼント』の話は良いの?」
統風は話の腰を無理やり折った。
薄気味悪い同情をこれ以上、貰いたくはない。
「まだ、相談に乗ってもらってません!」
「彩香なら金でも渡せば良いと思うよ。
無駄にならないし」
「もっと記念になるようなアイテムとか」
「鋳具とか?」
妥当なことを統風は言う。
「高すぎて買えません。
むしろ、俺が欲しいです」
同じ法具を使う魔法職であれば当然の結論が出る。
「ファッションは?」
「彩香さん、一通り持ってるじゃないですか!」
「回復ポット1ダース」
「余ってるってこの前、聞きました」
彩香の使いっぱしりをさせられるだけあって、永雪はよく知っている。
だからこそ、贈り物に悩むのだろう。
面倒なことになった、と統風は思った。
「それなら百万本の薔薇を持って、ハッピーバースデーと言ってやれば?
薔薇を入手したことないみたいだから」
「へー」
永雪は感心したようだった。
「露店じゃ売れないからね。
花火を持って、星月の湖に行ったら、それなりに楽しいと思うよ」
「って、それじゃあデートじゃないですか!
俺は純粋に、お世話になっているお礼をしたいんです!」
赤面しながら永雪は言った。
「永雪がいない間、佐羽はかまっといてあげよう」
薬効のある草を扱っている露店の少女は、おっとりとした性格で愛らしい外見の持ち主だった。
統風の好みから若干外れるが、女性と話して退屈することはない。
ましてや、その女性に懸想をしている男が知り合いだった場合は、なお楽しい。
「止めてください! 本気で止めてください!!」
「冗談だよ」
統風は何度目かのためいきをつく。
「いつものように、草でも摘んで渡せばいいじゃないか。
感謝の言葉と一緒にね」
最良案を出してやる。
「やっぱり、それが一番なんですね」
「今更、気取るような相手じゃないだろう」
好きな女の子と世話になっている女性に、大きな差をつけたいのなら。
『特別』なことをしないほうがいい。
「たいして参考になりませんでしたが、ありがとうございました」
永雪は素直に言った。
「人選ミスしたのは、そっち」
ようやく独りの時間が手に入ると、統風は背中を伸ばした。
「はあ」
永雪は不満げに、それでも一礼をしてから飛び降りた。
バサッ。
地上に降りる前に翼を広げたのだろう。
羽ばたきが遠ざかっていく。
「誕生日か……」
統風は呟いた。
祝って欲しいのか、と……たとえば冬闇の美女に尋ねられたら、自分はどう答えるのだろうか。
素直に感謝するのだろうか。
気持ちだけを受け取って、避けてしまうのだろうか。
わからない。と統風はためいきをつく。
人族と一緒にいると、誕生日の重みが違って見える。
同じように歳を重ねられないのに、何を祝うというのだろうか。
「凍夜さんが忘れていてくれますように」
統風は願望を呟いた。