「凍夜さん!」
この名前を呼ぶことができるのは。
「黙って聞いていて欲しいんだ」
この姿を見ることができるのは。
奇跡=希望。
「最後まで聞いて欲しい」
統風は言った。
走ってきたから、心臓がでたらめな音がしている。
息が苦しくって……違う。
人族の女性が“ここにいる”ことが、とても哀しいのだ。
喜びでもない。苦しみでもない。
彼女がここにいて、自分もここにいる。
それが、とても大切で、嬉しくて……悲しいから、哀しい。
祖龍の城の片隅、誰かが溜まり場と呼んで、そうだねって笑った場所。
いつも通りの顔ぶれ。
変わらない日常があって、明日にも続いているんだという変な確信がある。
「わかった」
凍夜はうなずいた。
仕草に合わせて、闇のように黒い髪がさらりと流れる。
それから、深い青い瞳が統風を真っ直ぐ見た。
彼女特有の凛とした空気が、冬そのものに感じられた。
「ごめん、凍夜さん」
統風は言った。
短くはない付き合いだから、許してくれるとわかっている。
凍夜は怒っていない。
盾としての役を果たせたことを、誇らしく思っているだろう。
自分の心を軽くするためだけに謝っていた。
「……話は、終わり?」
戦士である女性が尋ねた。
「うん、終わり」
精霊師の少年はうなずいた。
雪。
それは北でしか見られない美しいモノで、大陸の南で育った少年にとって命を奪うモノとは思えないキレイなもの。
雪そのもの色をした手が、少年の手にふれる。
優雅な所作で、凍夜の手が統風の手をつかんだ。
ゆったりとして、粗雑なところがない動作だから、胸が痛くなる。
傷つけないように、と気遣われている。
「ありがとう」
凍夜は言った。
統風の弱さを知っている上で、言う。
「ごめん、凍夜さん」
統風は凍夜を抱きしめた。
癖のない髪に顔をうずめる。
氷が生まれるような冬の朝の香りがした。
ぽんぽんっと背中を優しく叩かれた。
本当は、小さな子どもが母親にするように、抱きつきたかったんだ……と、気がつく。
母親の顔なんて覚えていないのに。
姉と違って聞き分けの良い子どもで、村の大人にそんなことしたことがなかったのに。
ずっと、心の奥のほうで願っていたんだ。
本当は――。
泣きたかったんだ。
助けられなかったことが悲しくって。
最後に、一緒に散ることができないのが悔しくって。
守られてばかりいることが苦しくって。
何よりも、暗闇を切り裂く流星のような輝きが消えてしまったことに……一秒でも、耐えたくなかったんだ。
優美だけれども刺激の少ない故郷の村を出て見つけた、自分だけの光。
「ごめん」
統風は凍夜の体を離した。
異郷の象徴のような美女は、首を横に振った。
「うん、そうだね。
ありがとう」
少年は感謝を伝えた。
特別なことじゃない。
広い祖龍の城の隅から隅まで見てみればわかる。
どこにでもあるような話で、どこにでもあるような事柄だった。
凍夜は小さくうなずいて……それから、微笑んだ。
リザレクションは希望の魔法。
明日も一緒にいられる、という希望。
少年は姉の言葉をかみしめる。
そして、精霊師の少年は、まだまだ子どもだった。
ここが“溜まり場”であることを失念していた。
気の合う仲間たちが自然と集まってくる場所。
コホンっと空咳が聞こえ、潜めてもいない黄色の歓声も聞こえ、不機嫌丸出しの空気を感じ、余興でも見ているような好奇心の視線を感じた。
「これには! 深い事情が……!!
って、他人の話を聞けよ!!」
統風は弁解しようとしたが、遅かった。
話のネタにされ、数日間はオモチャにされ、一部の根深い人間には死ぬまで忘れてくれないんだろうな。と確信してしまうような扱いを受けたのだった。