祖龍の城は広い。
思いがけない人物とすれ違うときもある。
が、今日は相手が探していたようだ。
懐かしい色の目が、統風を見ると微笑んだ。
色素が薄いエルフ族の中では珍しい栗色の髪の女性は、緑と白を基調とした長衣を身につけていた。
手には月の形を模したような法具。
「姉さん」
精霊師の少年は、久しく口にしていなかった言葉を口にした。
「良かった。元気そうで」
同じ精霊師であり、すでに英雄と呼ばれてもおかしくない女性は、故郷にいたときと変わらない笑顔を見せた。
自信がなく、掻き消えてしまいそうな。
「渡したいものがあったの」
「え?」
「これなんだけど」
一振りの剣が差し出された。
人族の戦士たちが持つ剣ではない。
魔法を扱う者たちが手にする法剣だ。
冷たい金属光沢を放つそれは、ライトグラムと呼ばれる。
統風は受け取る。
量産されたそれとは違い、ほんのりと霊力が感じられた。
それは流星の痕跡ほどにわずかな、力だったが……。
「昔使っていたものは、人に譲ってしまったから」
姉は言った。
少年は、銘を見る。
人の手によって作られたものには、必ず製作者の銘が入る。
そこには『跡風』という文字があった。
「店で買うよりも強いものだから」
「姉さんが作ったの?」
統風は尋ねた。
昔、姉は戦いに行くのが嫌だと泣いた。
故郷を離れて、怨霊を討伐する日々は送りたくないと、村長たちに訴えていた。
薬剤師になって、小さな村で生きていくのだ。と。
広い世界に出て行くのを、姉は怯えていた。
一人でも多くの兵士を必要としている『世界』は、容赦なく姉を旅立たせた。
「あまり上手に作れなかったけど」
困ったように跡風は笑う。
「武器の生産も覚えたんだ」
「最近、やっと余裕ができたから……。
薬のほうはなかなか覚えられないから、大変で。
あ、もう統風なら使いこなせるわね」
カバンの中から、一揃い薬を取り出す。
体力回復、精神力回復。
薬剤師の資格がある者しか作れない仙丹と呼ばれる高級な薬だ。
また、敵の攻撃を減免する魔札が複数枚。
「ありがとう」
統風は受け取った。
「用は、それだけ。
引き止めて、ごめんなさい」
跡風は、そう口にすると飛翔する。
軽く屋根近くまで跳躍すると、空中で真っ白な翼を広げる。
精霊師が生まれつき持っている翼だ。
統風の背にも、同じものがある。
が、翼は軽く宙を叩くと、風神に運ばれるように軽やかに舞い上がる。
少年が飛ぶよりも早く、翔けていく。
追いつけない速さだ。
だから、統風は姉の背を見送った。
「僕も頑張らないとな」
少年は呟いた。
怨霊と命をかけて、戦うのが恐い。
誰にも頼りにされずに生きていきたい。
そう言っていた姉も戦っている。
統風はライトグラムを握りなおす。
「頑張らないと……」
少なくとも姉を超えるぐらいに強く。
統風は、この世界を知りたくて、自分から村を飛び出したのだから。
少年は誰もいない空を見上げて、決意を新たにした。