「あ、いた!」
狐耳の少女がニコッと笑う。
男を魅惑するために生まれてきたと妖族の女性は言われる。
人族でもエルフ族でも関係なく、妖精は誘惑できるという。
一部分では納得できる美貌の少女が走ってくる。
大きな布包みを抱えこんで。
その足元には、水色のペンギン型の眷属がいた。
モノポキング。
この間、同族から贈られた戦闘ペットらしい。
『のんちゃん』という子どもじみた名前が首輪には彫られていた。
ぼよんぼよん、と間の抜けた音で走るモンスターだ。
「あのね、凍夜ちゃん!」
彩香は言う。
走ってきたからだろう、頬は上気し、人形のような美貌にあたたかみが宿る。
「彩香。ペットはしまえ」
統風は言う。
「あ、ごめん、ごめん。
忘れてたぁ〜」
スッとのんちゃんは消える。
「でね、凍夜ちゃん。
プレゼント!」
彩香は布包みを誇らしげに見せる。
真闇色の美女は不思議そうに、それを見る。
大きさは片腕の長さと、同じぐらいだろうか。
少女はひどく重たそうにしている。
「開けて、開けて」
彩香は催促する。
凍夜は受け取り、布包みを開いた。
統風は驚いた。
一対の剣。
芸術品のように美しさを持つ双剣で、柄の部分だけではなく、刃の部分にまで、細かい図案が描かれている。
「軽いな」
凍夜は宙を一閃する。
黄金の輝きは力強く存在を示す。
――神兵利器だ。
神が遥か昔に創られたという伝説の装備。
「どう?」
彩香は興味津々に尋ねる。
「使いやすそうだ」
凍夜は簡潔に言った。
「良かったぁ。
凍夜ちゃんにちょうど良さそうだと思って」
「これ、どうしたんだよ」
統風は訊いた。
「あのね。
もっと強い武器が手に入ったから、いらないって人がいたから、もらったの。
凍夜ちゃんにはちょうど良い武器でしょ」
「……」
統風はためいきをついた。
神兵利器の数は少なく、入手は困難だ。
ゆえに、高額な値で取引される。
無償でくれる人間などいるはずもなく、ぞっとするような金額だっただろう。
「良い武器だ」
嬉しそうに凍夜は言った。
青が深い瞳が、優しげに双剣を見つめる。
「これでガンガン戦っちゃおう♪」
彩香は楽しそうに言った。
「統風も、凍夜ちゃんが強くなれば楽になるでしょ」
「呼び捨てにするな、狐」
「狐って言わないでよ!」
「どこからどう見ても狐だろうが」
「じゃあ、律鎖には狸って呼ぶの!?」
彩香は、のんちゃんの贈り主の名前を挙げる。
妖精で狸のような耳を頭部に持つ女性だ。
これまた硝子のように綺麗な美女だが、彩香ほど感情表現が豊かではない。
会話らしきものが成立しない相手だった。
「……そうかもな」
統風は言った。
「ひっどーい!」
「妖精だって、妖精だって、きちんとメスなんだから!」
「やっぱり動物」
凍夜がぼそっと言った。
「ち、違う!
女の子って言おうと思ったの!!
違うのーー!!
凍夜ちゃんまで、動物って言わないでよぉ〜!!」
半泣きになりながら彩香は言う。
統風は、少女の頭部にある狐耳と、臀部にある狐尾を見て
「動物だろう」
と口にした。
少なくとも、人族にはそのような部位はないのだから。
「人間だもん!」
彩香は無理なことを言う。
妖族は、草木や動物に霊力が降り積もって、できた生き物なのだ。
男性は虎に代表される肉食獣の外見を持ち、屈強な体を得る。
女性は蟲惑的な外見を持ち、心を乱すような数々の魔法を得る。
初めから、何になるか決まっているのだ。
あるいはなりたいものに合わせて、外見を作るのかもしれない。
「って、凍夜ちゃん、どこに行くの!?」
「試し切り」
凍夜は黄金の双剣の刃を指で弾く。
音楽的な音色がした。
「僕もついてくよ」
「ずるーい!
わたしも行くんだからっ!!」
城門に向かって走り出した戦士の後を追い、二人も駆け出した。