祖龍の城は、あいかわらず広かった。
武器の修理の間、余裕のできた統風は、活気がある西側を散策していた。
もちろん、歩いて。
好んでコウモリの羽を飛行に使っているが、街の中では広げない。
それが礼儀というものだった。
三種族が集まる城は、エルフ族以外も多い。
「はあ?
魔法を覚える順番?」
統風は眉をひそめた。
久しぶりに顔を合わせた同郷の青年は――統風から見れば、まだ子どもが分厚い本を小脇に抱えていた。
異端な色を宿している自分とは違い、正統的なエルフ族の標準的な容貌の子どもだ。
つまり、美形と呼べなくもない範疇に入っている。
「統風はどうしていたのかな、と思って。
参考にしたいんだよ」
永雪は言った。
「呼び捨てにするな」
栗色の髪の青年は冷たく言った。
「統風さんは、どうしていたんですか?」
永雪は敬語に切り替える。
如才がない、というところか。
さすが彩香に使い走りにされているだけはあるな、と統風は変に納得した。
「お前ぐらいのときは……」
すっと本が差し出された。
実用性よりも、飾り物のとしてのイメージの強い本は、精霊師のための魔法書だった。
統風はペラペラとページをめくる。
回復魔法、支援魔法、攻撃魔法と項目ごとに並んでいる。
栗色の髪の青年は、ウィンドアローのページで手を止め、氷緑色の髪の子どもにつき返した。
「覚えられる最大まで覚えていた。
もちろんトルネードと射程は揃えていたけど」
統風は答えた。
「え!?
じゃあ、支援魔法とか、どうしていたんですか!?」
「プロテクションとマジックシールドは、常に最高レベルにしてある」
「他は!?」
「必要なったから、後回し」
統風はあっさりと言った。
「それでも、回復魔法は!!」
「ああ、それ?
ヒーリングだけは上げたよ。
あとは、まだ低いままだ」
「良いんですか? それで。
精霊師! なのに!!」
永雪は叫んだ。
怒っているのだろう。
厄介なことになったな、と統風は思う。
「神は、癒し以外の魔法を精霊師に与えられた。
人族と同じように、凶悪で、一撃で敵を屠れるような力だ」
精霊師のための魔法書の後半には、強大な攻撃魔法が並んでいる。
羽を刃に変え、複数の敵に射掛ける魔法。
熱風で周囲の敵を切り裂くような魔法。
雷雲を呼び、複数の雷を叩き落すような魔法。
魔導師と比べたら非力な魔法だろうが、それでも自衛のためだけとは思えない数々の魔法があった。
それを……姉が使っているのを見た。
青空の下、地を這う怨霊に向かって、幾筋もの雷を叩き落していた。
「精霊師は戦える」
たった一人でも、凶悪な怨霊に立ち向かえる。
物理と五元の壁。精神力増加の支援魔法。
すべての物理攻撃を減免する、羽の盾。
瞬く間に癒しを与える回復魔法。
物理攻撃と同じ扱いの、必ず命中する攻撃魔法。
たった一人でも、戦えるのだ。
神は、だから人との間に子をなしたのかもしれない。
強力な兵士を生み出すために。
不老長寿の肉体と、どこにでも駆けつけられる白い翼。
この世界を救う駒として――。
「そうですけど……っ!
精霊師の役目は、パーティメンバーを守ることですよね!!
誰も倒れないように」
永雪は言った。
耳が痛くなるような正論だった。
「僕は、これで誰も転がしたことはないよ」
統風は言った。
「でも」
「どうせ全部覚えるんだ。
順番なんて、あんまり変わらないよ」
青年は言った。
統風自身も経験不足で、いくらかの魔法を習得できていない。
どれを選び取り、切り捨てるかは……精霊師の性格で決まる。
統風はお荷物になるような精霊師になりたくなかった。
攻撃もまともにできずに、逃げ回るようにして怨霊を狩るのは我慢できなかった。
「そうだな。
理由があるとしたら、彩香に魔法の射程が負けたことかな。
威力は、そんなに変わらなかったんだけどね。
あの一歩分が嫌だったんだよ」
だから、蘇生魔法といくつかの回復魔法を切り捨てた。
「そんな理由で!?」
「力が欲しいんだろう?」
統風は尋ねた。
氷緑色の髪の子どもは、口を閉じる。
「なら、手に入れれば良いさ」
支援魔法と回復魔法ばかりを優先して、覚えていた姉。
いつも攻撃魔法は後回しにしていた。
何度も傷つきながら、怨霊討伐に向かっていった。
ただ、一人で。
統風は、ためいきをついた。
「精霊師が、攻撃魔法を覚えてはいけない。なんて誰が決めたんだ?
望みを手にすれば良い」
「ですが……」
「最低限ができれば良いんだよ」
統風は小さく笑った。
どの魔法から覚えるか。
それは統風自身の悩みでもあった。
パーティ用の魔法を覚えれば、自分用の魔法が習得できなくなる。
すべてを覚えるのは、難しい。
「模範的な精霊師でも目指すのか?
全ての回復魔法と、支援魔法を覚える。
攻撃魔法は自衛用のウィンドアロー。
しかも、射程が短く、威力の弱い状態。
……止めないけどな」
統風は言った。
そういう生き方だってある。
ただ、それはできないだろう。
と、統風は、子どものような精霊師を見た。
神は戦う力を十二分に与えた。
精霊師は……怨霊と、かつての同胞であっても、戦う宿命を持っているのだ。
……神から創られた故に――――。