「我が君。
いつまで、そうなさっているおつもりですの?」
妻の声に、笑みが広がっていた。
曹丕は長椅子に腰かけたまま、動けないでいた。
子どもたちが丁寧にお辞儀をして、出て行ったというのに。
床に視線を落としていた。
「子どもというのは、いつの間にか大きくなりますのね」
クスクスと笑いながら、甄姫は曹丕の手に自分のそれを重ねる。
「……予想外だ」
どうにか曹丕は言った。
「取っておくのも、良いものではないな」
「まあ。私は嬉しかったですわ」
「手習いの手本が欲しいと言ったのは、こういうことか」
珍しい息子のおねだりだったので、曹丕は時間を割いて、写しを作ったのだ。
曹叡と東郷の分。
何故か、曹叡は手本にする文章に曹丕の詩を選んだ。
世にはもっと素晴らしい名文があるというのに。
一度は断ったが、食い下がられて、曹丕は息子が望んだ詩を書き写した。
「阿叡は、我が君に似て賢いですわね。
……後悔していらっしゃいますの?
失礼ですわよ」
「曹叡にか?」
「私にです」
甄姫は言い切った。
曹丕は妻を見る。
「私は嬉しかったのです。
我が君から、あの詩をいただいたときも、もちろん嬉しかったですわ。
そして、今日。
子どもたちが歌ってくれて、あの詩がもっと好きになりました。
もう二度と駄作とは呼ばせませんわよ」
楽しげに言う。
「そなたを讃える素晴らしい詩なら、いくらでもあるだろうに。
私が作ったものよりも……良いものが」
曹丕はためいきをついた。
卑屈さがいわせた言葉ではない。
それが真実だからだ。
「でも、私が好きなものは、我が君の気持ちのこもった詩ですわ。
他の方がどれだけ美辞麗句を並べてくださっても、路傍の石。
いい加減に、諦めてくださいませ」
「……どうやら、私のほうが分が悪いようだ」
曹丕は、大きく息を吐き出した。