「譲くん、お誕生日おめでとう!」
差し出されたのは紛れもない善意だった。
夏の日差しをはじけさせるような笑顔で望美はラッピングされた物を譲に見せた。
少し歪なリボン結びが、少女自身が包んだという証拠のようで少年を嬉しくさせた。
「覚えていてくれたんですね」
譲は照れ隠しに眼鏡を定位置に指で直す。
「当たり前だよ。
ずっと祝ってきた日だもの」
望美は当たり前のようで、当たり前ではないことを言った。
それだけのことで、譲は幸せな気分になる。
「京にいた頃はちゃんとした物を用意できなかったから。
今年はその分、奮発しました。
本当は参考書の方が良かった?」
「それなら兄さんのがありますから大丈夫ですよ。
……開けてもいいですか?」
譲は尋ねた。
「もちろん」
望美は言った。
ラッピング袋を開けると実用的な青碧色のエプロンが出てきた。
これで赤いカーネーションがあったら決定打だっただろう。
まるで、母の日に贈るようなものだった。
少女の瞳からは、自分はそう映るのだろうか。
男として意識されていない。
嬉しいはずの誕生日が落ちこむ原因になる。
しわがよったラッピング袋に、さらにしわが刻まれる。
「気に入らなかった?」
不安げに望美は言う。
そんな顔をさせてはいけない。
譲は反射的に笑顔を作る。
「いえ、気に入りましたよ。
ありがとうございます。
大切に使わさせていただきますね」
譲の言葉に望美は、ホッとしたような笑顔になった。
◇◆◇◆◇
誕生日プレゼントのエプロンをして、キッチンに立っていると将臣が階段を降りてきた。
「何か作ってくれ。
ちっともレポートがはかどらない」
ダイニングテーブルに着く。
「こっちは受験生なんだけど」
譲は刺々しく言った。
誕生日の祝いの言葉も言わずに、要求する。
実の兄だとは思えない。
あのまま平家側と一緒に消えてくれても良かったのに。
そんな八つ当たりをしてしまいたくなる。
「これから昼飯を作るんだろ?
ついでだ、ついで。
お、結局、そのエプロンにしたのか」
将臣は言った。
「兄さん、何か知っているの?」
譲は将臣を見た。
「買い物に付き合わされたからな。
願掛けみたいなもんだ。
望美も色違いのエプロンを買ったんだよ。
料理上手になるように、って」
「え?」
「結婚したら、お揃いのエプロンでキッチンに立つかもなぁ」
将臣は遠くを見るように言った。
「け、結婚って。
……まだ学生だし。
それに俺と先輩は幼馴染同士なだけで」
洗っていた皿が滑り落ちるところだった。
「あー、それな。
いつまで『先輩』なのか、気にしていたぜ。
お互いの気持ちは充分、分かりあっているんだ。
告白したら、どうなんだ?」
からかうような口調で将臣は言う。
「だから幼馴染で、恋人じゃないんだ。
……兄さんには分からないよ」
譲は皿洗いに戻る。
「そんなもんかねー。
命を懸けてまでの恋だっていうのに」
まるで懐かしむような口ぶりで兄は言う。
あの時は必死だった。
毎夜、克明になっていく悪夢。
最も大切な人が喪われるという、見たくもない未来。
それに比べたら、平和な現代へ帰ってこれて良かった。
少女が望んだ通り『三人』揃って。
「これ以上、機嫌を損ねると昼ご飯は自分で作ってもらうよ」
そっけなく譲は言った。
「へいへい。
外野は黙りますよ」
将臣はそれきり口を閉じた。
お揃いのエプロン。
唇が綻ぶのを止められなかった。
兄の言葉ではないが、譲は淡い夢を見る。
最愛の人と一緒にキッチンに立つ日を。