望み

 春だなぁ。
 散る桜を見ながら、望美は思った。
 京の梶原邸の庭をぼんやりと眺めていると、源平合戦中だということをうっかりと忘れてしまいそうになる。
 ここはまだ平和で、誰も死んでいない。
 このまま時間が止まってしまえばいいのに。
 そんなことすら、考えてしまう。
 景時さんがいて、朔がいて、白龍がいて……譲くんがいる。



「先輩、何かあったんですか?」
「え?」
「幸せそうな顔をしていましたよ」
「あ、うん。
 桜がきれいで、春だなぁって思ってたの」
 望美は微笑んだ。
「そうですね。
 こうやって落ち着いた時間が持てるというのは、贅沢な気分がします。
 ケーキ、焼いてみたんですが、どうですか?」
 譲はそう言うと、持っていたお盆を示す。
 その上には、美味しそうなケーキが載っていた。

「ケーキ!?」
「はい、ケーキですよ」
 譲は穏やかな微笑を浮かべて、望美の隣に座った。
「と言っても、蒸しパンみたいです。
 材料はすぐに手に入りました。
 バニラエッセンスやチョコレートがあればよかったんですが。
 さすがにこの時代にはありませんからね。
 変わりに干果実で味を整えました。
 先輩に気に入ってもらえると、嬉しいんですが」
「すごい!
 まさかケーキが食べられるなんて思わなかった」
「フォークがないので、スプーンで」
 木のさじを譲は差し出した。
「ありがとう、譲くん!」
 望美はさじを受け取ると、さっそくケーキを一口食べる。
 
 甘くて、美味しい!

「美味しいよ!」
「そう言われると、作った甲斐がありますね」
 譲は言った。
「譲くん、コックさんになれるよ!
 これ、すごく美味しいもん」
「そうですか?
 プロの料理人を目指すのも、面白そうですね。
 帰ったら、勉強してみるのもいいですね」


 帰ったら……。
 帰れるのかなぁ。
 ちゃんと、今度こそちゃんと、帰るんだ。


「どうしたんですか?先輩」
「ううん、何でもないの」
「何でもないって顔じゃありませんよ!」
「ごめん。
 本当に、何でもないの」
 望美は首を横に振った。



 このまま、時間が止まればいいのに。
 あったかくて、平和な今のまま。



 運命を変えるのは、怖い。
 でも、変えないと……。
 また同じ未来にならないように、変えていかなきゃ。


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