願い

 この世界に来て、知ったことがある。
 この世界に来て、思い知ったことがある。
 来なければ、永遠に知らなくてもすんだのかもしれない。
 どうしても考えてしまう。
 ここに来なかったら、……その可能性を考えてしまう。



 春の宵。
 電柱柱も電線もない空は、星々が自己主張していた。
 星が降ってくるような夜とは、このことだろうか。
 元の世界にいたら、到底望めないような美しい夜空だった。
 しかし、それに単純に喜べない。
 チタンフレームの奥の瞳は、疎ましいものでも見るかのように空を見上げた。
 今夜の月は、14.9。
 満月だ。


 いつも決まって16日の朝は、幼なじみの少女は曇り顔だった。
 満月の夜に、何か起こっている。
 自分の知らない……ところで。


 我知らず、ためいきがこぼれた。
「譲くん」
 少年はドキッとして、振り返った。
 一つ年上の幼なじみの少女が立っていた。
「先輩。
 こんな夜遅く出歩いたら、危険ですよ」
 自分の動揺を悟られまいと、譲は言った。
「大丈夫だよ。
 外、出ないから。
 庭を散歩するくらい大丈夫でしょ。
 それに、譲くんだってこうやって歩いてるんだもん」
 望美は明るく言う。
「気をつけるに越したことはありませんよ。
 先輩は、白龍の神子なんですから。
 どこに敵が潜んでいるかわかりません」
 自分の中の感情を律しようと、譲は言う。
 

 大切な少女は、白龍の神子で。
 自分は、それを守るべき役目の八葉だ、と。


「敵がいたら、倒しちゃう。
 毎日、練習してるもの。
 ずいぶん、力がついたんだよ」
 望美は譲の隣で笑う。
 少女の長い髪がさらりと流れ、甘い香りが振りまかれる。
「さっき、譲くんためいきついていたよね?
 何か悩み事?
 良かったら、相談にのるよ」
「…………いえ。
 特には」
 譲は微笑んだ。


 異世界に飛ばされて、心配や恐れがあるはずなのに……。
 この人は、強い。
 他人を思いやれる余裕がある。
 

「理由もなく、ためいきをつくとは思えないんだけど」
 望美は譲の顔を覗き込む。
「この世界に来てずいぶん経ったなと思って」
「うん。そうだね」
「こんなに長居をするとは思っていませんでしたから……。
 それで、自然と」
「……。
 うん、いつになったら帰れるかな?
 将臣くんも見つからないし」
 望美はうつむいた。
「兄さんなら、きっとうまいことやっていますよ。
 あの人は器用だから」


 先輩が心配するのは当然だ。
 兄弟のように育った幼なじみが行方不明なのだから。
 実の兄のことだが……。
 いや、だからこそ……先輩が、気にかけるのが許せない。


「うん。
 きっと、将臣くんは無事だよね」
 子どものように純真な目をして、望美は言った。
「俺も……。
 そう思います」
 譲は言った。
 その内心がどうであれ、同意したのだ。



 この世界に来て、知ったことがある。
 思い知ったことがある。


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