内裏から帰ってきた幸鷹を迎えた花梨の表情は冴えなかった。
何かあったのだろうか。
それを問う前に、花梨は俯いたまま
「私は幸鷹さんの奥さん失格です」
と泣きだしそうな声で言った。
どうしてそんなことを言うのだろう。
最愛の人が絞り出すように呟いた言葉に驚く。
とりあえず混乱から落ち着かさなければ、と幸鷹は思った。
「突然、どうしたのですか?」
できるだけ穏やかな声で尋ねる。
「誕生日だというのにプレゼントを用意できませんでした」
花梨は床に視線を落としたまま言った。
「そのようなことを。気にしすぎですよ」
幸鷹はホッとした。
それと同時に、嬉しくなった。
京では誕生日を祝うという習慣はない。
誕生日をこだわるのは白龍の神子だけだ。
異世界からやって来た二人だけの秘密のようなものだった。
「だって、一年に一度の誕生日ですよ!
大切な日です」
花梨が顔を上げた。
必死になる『奥さん』は何年、経っても初々しい。
幸鷹は白く滑らかな頬に唇を寄せる。
柔らかな感触がした。
「これで、いただいたということで」
幸鷹は微笑んだ。
花梨はくちづけされたところにふれ、言葉にならない言葉を発した。
その様子が可愛らしい。
心がくすぐられているようだった。
「あなたにそう思っていただけるだけで、最高の誕生日プレゼントですよ」
胸から湧きあがる思いを言葉にした。
「幸鷹さんは、甘やかし上手です」
耳まで真っ赤にして花梨は訴える。
「今日という日を覚えていた、それだけで充分です」
「だって、誕生日ですよ。
私がしてあげられることなんて、ほんの少しです」
小袿の裾をいじりながら、花梨は言った。
「あなたが私の傍に残ってくれた。
それだけで幸福な気分を味わっているのです。
私はこれ以上、望んではいけないような気がするんですよ」
幸鷹は伸びてきた花梨の髪にふれる。
神子を独り占めにしている、それだけでも罰当たりなような気がした。
もう二度と手放さない、と思っている。
「もっと我が儘になってください」
花梨は必死に言う。
「あなたと過ごす日々がプレゼントですよ。
こうして、元の世界について話しあえて。
一緒の時間を過ごすことができて。
私のことを一番に思ってくれて。
毎日が誕生日のようです。
どうすれば花梨殿に伝わることができるでしょうか?
私が強引に天津乙女を引き止めてしまいました」
幸鷹は花梨の髪を梳きながら、優しく語る。
夢のような毎日だ。
人をこんなにも愛することができる。
それを教えてくれた人だ。
「私は幸鷹さんと同じ時間を過ごしたくて残ったんです。
自分の意思です」
花梨が幸鷹を見上げる。
強く美しい人だと幸鷹は思った。
「では、無事両想いですね。
私はあなたに出会って、考え方が変わりました。
こうして、あなたとふれあえるだけでも嬉しいんですよ」
幸鷹は花梨の耳元まで顔を寄せる。
「私だけの奥さん」
唐菓子よりも甘くささやく。
幸鷹は花梨の手を取る。
ほっそりとした手はあたたかい。
「不思議な巡り会わせですね。
同じ世界では出会えなかったかもしれません。
この京だから、あなたに会えた」
「帰らなくて後悔していませんか?」
恐る恐るといった口調で、花梨は言った。
そんなところも愛おしい。
ますます夢中になってしまう。
「花梨殿が言ったじゃありませんか。
自分の意思ですよ」
幸鷹は、これ以上ない幸いを手に入れて微笑んだ。
「それでも、ちゃんと形に残るプレゼントを用意したかったです」
花梨は言った。
「では、それは後日に。
今は気持ちだけをいただきましょう。
楽しみにしていますよ」
幸鷹は笑みを深くする。
どんなものでも、嬉しいだろう。
たった一人の愛する奥さんが用意してくれたものなのだから。