会いたい。
ずっと会っていないような気がした。
毎日、電話をして声を聴いている。
それでももどかしいと思ってしまった。
現代に戻ってきた幸鷹に待っていたのは、忙しさだった。
大学と家の往復だけで、じっくりとした時間を持つことができなかった。
空白の時間を補うのは簡単なことではなかった。
行方不明だった期間、捜し続けていた家族は幸鷹に自由な時間を与えるのを快く思っていないようだった。
再び消えてしまうのではないのか。
家族はそんな不安を持っているようだった。
どれだけ待てばいいのだろうか。
せっかく大切な少女と共に現代に帰ってきたのに、会えない。
このままでは心の距離まで開いてしまいそうだ。
京での生活を切り捨てて、戻ってきたというのに。
今でも、ちらりと脳裏をかすめる。
あちらでできた絆。
もう一つの家族との別離は覚悟していたものの、寂しさをまとわりついてきた。
少女と会えないのなら帰ってきた意味がない。
気持ちは募る。
ただただ会いたい。
時計の針が滑る寝室で目を閉じる。
せめて夢の中で逢瀬を重ねたい。
ふいに携帯電話が振動した。
布団をはねのけ、幸鷹は起き上がる。
「お誕生日、おめでとうございます」
ずっと会いたいと想っていた少女の声が寿ぐ。
薄暗い室内で時計を確認すると、日付が代わったばかりだった。
「夜分にすみません。
どうしても一番に伝えたかったんです」
花梨が言った。
電話口でもわかる申し訳なさそうな声に
「そんなことありません。
貴方のことばかり考えていました。
お電話ありがとうございます」
幸鷹はキッパリと断言した。
少女と共に現代に帰ってきたのだ。
それを強く意識させられた。
京では誕生日を祝ってくれる人などいなかった。
年が改まると一つ、歳を重ねる。
そういう世界に馴染んでいた。
望外な喜びだった。
「私……幸鷹さんと一緒に帰ってこれて嬉しいんです。
こうして声を聴くことができるのが幸せなんです。
だから、これは私の我が儘なんです。
世界で一番にお祝いの言葉を言いたいって。
幸鷹さんはこれから、たくさんの人にお祝いの言葉をもらうから。
一番なら、記憶に残ると思って」
花梨はとつとつと言う。
なんて可愛らしい我が儘だろう。
幸鷹の心が震える。
「貴方のことで忘れることなんてありませんよ。
私に貴方がくれたものは全部、忘れません。
どんな小さなことでも想い出になります。
この瞬間も、喜びであふれているんですよ」
正直な気持ちを伝える。
「そう言っていただけると嬉しいです。
電話を切るのがもったいないのですが……。
これ以上、幸鷹さんの睡眠時間を奪ってしまうのはずるいと思うので。
おやすみなさい」
花梨は言う。
幸鷹にも惜しい気持ちがあったが、瞼が重くなってきた。
「お祝いしてくださってありがとうございました。
夢の中で逢いましょう。
おやすみなさい」
名残惜しそうに電話は切れた。
今宵は、このまま夢に落ちていくことができる。
素敵な一年の始まりになりそうだった。
ああ、でも。
実際に少女に会って、その声を脳裏に刻みつけたい。
柔らかな肌にふれたい。
次の休みは、絶対に会って手を繋いで街を歩きたい。
布団にもぐりこむと、睡魔はほどなくやってきた。