強く優しい人

 北風が吹き、底冷えするような日だった。
 高倉花梨は招待された。
 少女は余所行きのワンピースに身を包んで、その屋敷の門をくぐった。
 あまりの立派さに眩暈がした。
 持参した手土産が恥ずかしくなってきた。
 門から玄関までの道のりは長かった。
 インターフォンを探していると、ドアは内側から開いた。
「待ちしておりました」
 招待主が言った。
 当然だが、洋装をまとったその人に違和感を覚えた。
 ここは京ではないのだから、当たり前の格好だけれども。
「お誕生日、おめでとうございます」
 花梨は用意していた言葉を言った。
 幸鷹の顔に微笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます。
 立ち話も申し訳ないので、こちらへ」
 幸鷹の背についていく。
 緩やかな歩調で、青年は進んでいく。
「ちょうど家族は出払っていて、おもてなしができなくて、すみません」
「そうなんですか?」
「夜には全員、揃うはずなんですが。
 こちらです」
 幸鷹は温室のドアを開いた。
 空気が濃い。
 肩の力が抜けた。
 ガチガチに緊張していたことに気づかされる。
 緑に囲まれて、呼吸が自然にできた。
 青年は花々の間を歩き、簡易的に置かれたベンチを示す。
「どうぞ、座ってください。
 立ち話も疲れるでしょう」
 幸鷹の言葉に、花梨は従った。
「失礼します」
 木のぬくもりがあるベンチは掃除が行き届いており、塵一つ落ちていなかった。
 二人は並んで座った。
 たくさんの花に囲まれていると、冬だということを忘れてしまいそうになる。
「お気に入りの場所なんですよ。
 本当の自分を出しても平気な場所のような気がしているのです」
 京から帰ったばかりの青年は安堵したような表情で言った。
 先ほどよりも穏やかな表情に見えた。
「お誕生日おめでとうございます」
 本日は1月15日。
 幸鷹の誕生日だった。
「あなたに祝いの言葉をいただけるだけで、嬉しいです。
 帰ってきたのだと思いますね」
「後悔していませんか?」
 思い切って、花梨は尋ねる。
 現代に帰ってきてから、ずっと引っかかっていたことだ。
「京に独り残ってあなたを想うのと」
 ふいに幸鷹は花梨の手を取る。
 少女の心臓が跳ねた。
「こうしてあなたにふれることができる。
 どちらがいいかは自明の理ですよ。
 失った分だけ、手に入ったものがあります」
 呟くように青年は言う。
「私は失った分だけ、埋めることはできるでしょうか?
 幸鷹さん、辛くありませんか?」
 少女と違って、青年が京に置いてきたものは大きすぎる。
 花梨は幸鷹の双眸を見つめる。
「辛くないといったら、嘘になります。
 でも、それ以上の幸せを手に入れました」
 金属フレームの奥に収まった瞳は、真剣だった。
「あなたは本当に優しい人ですね。
 私の心配までしてくれる」
「優しくなんてないです」
 花梨はうつむいた。
 一人で帰ることもできた。
 それでも、離れがたくて巻きこんだのだ。
「私は何度でも同じ選択をしますよ。
 あなたと共にいる。
 それが私の導き出した正解です」
 握られた手のぬくもりが強くなる。
 花梨は言葉に詰まる。
 こういう時、歳の差を感じてしまう。
「あの。プレゼントを持ってきたんです。
 こんな物しか用意できなくて」
 真摯な言葉から逃げるように花梨は、話の腰を折る。
 空いているほうの手で、カバンからラッピングされた小袋を取り出す。
 手作りのクッキーが中に詰まっている。
 何度も味見をしたので、市販のクッキー程度には美味しくできたものだ。
 今は、それも恥ずかしい。
 これから青年は高価な物をプレゼントされるのだろう。
 そう考えると、少女は縮こまる。
「手作りですか?
 嬉しいです。
 私を想って作っていただけた。
 それが、とてもあたたかいです。
 大切に食べさせていただきますね」
 青年の声は弾んだものだった。
 少女は恐る恐る顔を上げる。
 京で何度も見た優しげな微笑みに見つめられていた。
「あなたにふれることができる。
 最高の誕生日です」
 幸鷹は花梨の指先にキスをした。
 恋愛に免疫がない少女は、それだけで赤面した。
「ありがとうございます、花梨」
 花梨殿でも、神子殿でもない呼び方に、ここが現代だということを思い知らされる。
 京から帰ってきた時と同じように、手を繋いでいる。
 永遠に離れ離れならないように。
 振り返ったら、消えてしまわないように。
「喜んでもらえて嬉しいです」
 やっとの思いで少女は言った。
 誰にも見られていない空間で良かった、と思った。
 たぶん、間の抜けた顔をしているだろう。
 こういう時、どうしたらいいのかわからない。
 きっと、これからこういうことが増えていくのだろう。
 そんな予感がした。
 二人は晴れて、恋人同士になったのだから。


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