雨に濡れる土御門邸。
末姫のいる対。
その開け放たれた格子の側の柱に美しい公達がもたれかかっていた。
公達――橘友雅は、けぶる庭を物憂げに見ていた。
辺りは霧のような雨が立ち込めていて、冷え冷えとしている。
「お声をかけてくださればよろしいのに」
稚い声が、友雅を振り向かせる。
「ずいぶんと端近まで来るのだね。
そんなに私に会いたかったのかい?
藤の姫君」
友雅はクスクスと笑う。
いつも見ても、美しい女人だと思う。
すでに『美』が完成している。
その姿も、声も、小さな体の収まっている眩い生命も。
どれもこれもが美しい。
神の御業に、感心してしまう。
「それとも、こちらの女房たちに会いに来ただけですの?
それにしてはずいぶんと日が高いですけど」
薄雲を通して微かに光を投げかける太陽は、まだ頂点で輝いている。
藤姫の声には苛立ちが宿っていた。
「あなたに会いにきたのですよ。
愛しい姫君」
「まあ、調子の良いことをおっしゃりますのね」
藤姫は友雅を睨む。
可愛らしい姫君だ。
そんな表情を浮かべたところで、怯む男はいないだろう。
それすら知らぬ、無垢さが良い。と友雅は思う。
「他の女性に通うまでの時間つぶしでしたら、他をあたってくださいませ」
「こんな雨の日に通う女性はいないよ」
「意外に信心深いのですわね」
藤姫は大きな瞳を瞬かせる。
「心まで冷えきれそうな日だとは思わないかい?」
友雅は庭を見る。
「ええ」
ためいきのような呟きと共に、チリンと金属の音が鳴る。
その音が稚い女人の頭に乗った冠の音だと、友雅は知っている。
星の一族であると言う証。
友雅は手にしていた扇をぱたぱと開く。
複雑な心境だった。
「ですから、こんな日は大切な人と一緒にいたいと思ったのですよ」
友雅は藤姫を見上げた。
「偽りばかり言う口ですわね」
「それは、また。
手厳しい」
友雅は苦笑した。
「嘘偽りばかり。
真実はどこにございますの?
どこにもないのかもしれませんね」
星を宿したような大きな瞳が友雅に真意を問う。
「こちらに」
藤姫の手を取ると、その平にくちづけを落とす。
「まあ!」
「信じていただけませんか?」
とっておきの声で、友雅はささやいた。
「あなたの口は信じません」
可憐な姫君はぷいっとそっぽを向いた。
その愛らしさに、友雅は喉を鳴らして笑った。