藤原鷹通のもとへ淡萌黄色の文が届いた。
吐く息が凝るような時分のことだった。
たどたどしい筆遣いの文は、侍従の香をまとっていた。
自然と笑みが零れた。
冬支度をすませた土御門邸に訪れると手紙の主が出迎えてくれた。
小袿姿の乙女は、この季節にふさわしい色目を身に着けていた。
藤姫の見立てだろうか。
よく似合っていた。
「お誕生日、おめでとうございます」
乙女は言った。
何度か聞いた言葉だった。
自分以外の誰かに告げられた言葉だった。
それがとうとう自分の番がやってきた。
胸の奥がじわりと熱くなる。
純粋な喜びがこみあげてくる。
「ありがとうございます、神子殿」
鷹通は言った。
初めて耳にした時は、風変わりな習慣だと感じた。
京では揃って歳を重ねる。
個別に祝われることはない。
何となく自分の番はやってこないだろうと思っていた。
異世界から招かれた天人は、元の世界に戻っていくもの。
別れが来るのを覚悟していた。
じょじょに膨らんでいく想いを伝えることはない。
八葉に選ばれる前の日常が返ってくる。
そう考えていた。
京を救った天人は何故か残ることを選んだ。
表向きは龍神の神子たちは天へと帰ったことになっている。
土御門の大臣のおかげで神子がこの地に留まっていることを知るのは少数だ。
「もう、神子じゃないです。
名前で呼んでください」
「そのようなことはできません。
私にとって神子殿はかけがえのない女性ですから」
鷹通の言葉にあかねは笑った。
「誕生日は特別な日です。
名前で呼んでも罰は当たらないと思いますよ」
乙女は言った。
「神子殿のお言葉でも、それだけは従えません」
キッパリと青年は言った。
「頑固ですね。
でも、鷹通さんらしいです。
誕生日プレゼントです」
あかねは袖から。小さな包みを出した。
それを鷹通は受け取る。
手の平にすっぽりと収まる小さな包みだった。
「ありがとうございます」
「私の生まれた世界ではケーキを食べるのですが、用意ができなくって」
乙女はすこし困ったような笑顔を浮かべた。
「お気持ちだけでも嬉しいですよ」
中身は菓子だろうか。
握りつぶさないように気をつける。
見たこともないケーキよりも、この小さな包みのほうが尊い。
「詩紋くんにも手伝ってもらったので味は大丈夫なはずです。
屋敷についたら食べてくださいね。
忙しい中、呼び出してすみません」
「いえ、神子殿のお呼びでしたら、いついかなる時でも馳せ参じます。
それが使命ですから」
鷹通は言った。
「あまり固く考えないでください。
ただの我が儘ですから。
鷹通さんの誕生日を祝えて嬉しいです」
あかねは、幸せそうに微笑んだ。
二人の間には、神子と八葉という関係以上のものがあるのだろうか。
期待をしていいのだろうか。
鷹通の心臓が高鳴った。