内裏。
文台に向かう歳若い文官。
眼鏡の奥の瞳は、優しげに文台の上の文を見つめる。
初めは、それは薄藍の上品な、どこかよそよそしい色合いの紙だった。
次は、愛らしい感じのする薄紅。
少女の印象そのままの、可愛らしい紙だった。
その次は、淡萌黄だった。
自分の好きな色の紙だったから、嬉しく思いそれを伝えた。
そうしたら、それ以来文は常に淡萌黄になった。
その細やかな心遣いが好ましい。
藤原鷹通は、たどたどしい文字が並ぶ淡萌黄の手紙を心待ちにするようになった。
好きな人からもらう手紙は、どんな文面であっても無条件に喜ばしい。
それがただの、事務的な連絡だとしても。
一生懸命に筆を持ったのがわかる。
愛しい、と思う。
「おや、鷹通。
何やら、妬けるね」
几帳をくぐって、美声が降ってくる。
鷹通はそちらに顔を向けた。
「友雅殿。
からかわないでください」
「からかってなどいないよ。
羨ましいね、その若さが」
橘友雅はにこやかな笑顔で、鷹通の目の前に腰を下ろした。
生真面目な青年は、キッと睨みつける。
「神子殿からの文か。
少しばかり、艶が足りないような気がするけれど。
あの少女らしいね」
友雅は紙で出来た扇をぱたぱたと開く。
ほのかに香るのは、侍従だろうか。
「何を言いたいのですか?」
鷹通は風流な少将に尋ねた。
まるで、その言い方では、自分と龍神の神子が恋人同士のように聞こえる。
そのような関係ではないのだ。
下種の勘ぐりのようで、目の前の男性には似合わない。
「いや、ずいぶんとのんびりしているから。
まあ似合っているが……。
君と神子殿のいじましい関係は、なかなか」
もったいぶるように友雅は言った。
「なかなか、何ですか?」
「面白い」
友雅は真顔で言った。
「!」
青年の顔に朱が走る。
「からかわないでくださいっ!!」
鷹通は声を荒げた。
その様子に、友雅は喉を鳴らして笑う。
「この役目をもらうまで、治部少丞殿はいささかとっつきにくいと思っていたのだよ。
堅物で融通が利かない」
「事実ですね」
「可愛げがない。
まるで、年寄りのような。
だが、恋する君は違ったな。
良い意味で印象を裏切ってくれた。
そういう意味でも、龍神と神子殿に感謝している」
友雅は笑う。
「恋とは違います。
私は八葉として神子殿のことを慕っているのです」
鷹通は言った。
「自分の心というのは、意外に自分が一番わかっていないこともある。
君は近眼になっているよ。
たとえば……。
大切に想う少女の心」
ぱちんと閉じた扇で、淡萌黄の文を指す。
「神子殿は、鷹通の好きな紙の色を覚えているようだ」
「これは以前、私が言ったから」
「私のところに来る文は、てんでバラバラの色をしているよ。
次に何色が来るのか、予想するのは面白いから、今のままでかまわないと私は思うけれど。
こう、熱烈な贔屓を目の当たりにすると妬けるね」
鷹通の言葉を遮るように、友雅は言った。
「……。
私の想いが恋だとしても」
「ようやく認めたね」
「神子殿は、違うでしょう」
「何故、断言できる?」
「そんなはずはありません」
「そこまで自分に自信がないと、謙虚と言うよりは卑屈に映る。
神子殿の気持ちを無視するつもりかい?」
「……そんな関係ではありません」
「強情だね、鷹通」
友雅は苦笑した。
「それが私ですから。
変えるつもりは、ありません」
青年は毅然と言い放った。
「おやおや。
私がしたことが似合わぬことをしたようだ。
年寄りの戯言だと流してくれたまえ」
友雅は立ち上がる。
鷹通の視線は淡萌黄の文に注がれる。
何の変哲もない文だった。
恋文などと到底、呼べないものだった。
「ある日突然、花は開くものだよ」
御簾をくぐる音と共に、その声は届いた。
自分だけだ、と信じても良いのだろうか。
八葉だからではなく……。
鷹通は文を読み返す。
そこに明確な答えになりそうなものはない。
淡萌黄色の文は、たどたどしい文字が並んでいるだけだった。