冬にさしかかり、寒さが厳しくなる頃。
王宮では皇太子と第二王女のささやかなお茶会が開かれていた。
二人きりのお茶会を持てるのは珍しい。
あと何度、共に時間を過ごせるだろう。
セイリオスには、数えられるほど少ないのは分かっていた。
それなのにディアーナは怒りを露わにしていた。
「本当はメイも誘ったのですわ。
それなのに毒舌の緋色の肩掛けの魔導士が断ってきたのですのよ。
誘ったのはメイですのに」
訴えるように妹は兄に言った。
別れを告げるように妹は、様々な知人たちをお茶会に招いた。
二人きりのお茶会になったの理由に、セリオスは納得した。
「『珍獣を見せびらかす趣味を持ち合わせたているのですか?』って酷くありませんか?
わたくしは友人として招きたかったのですわ」
美しい紫の瞳がよく似た瞳と宙で交りあう。
「それは残念だったね」
セイリオスはティーカップをソーサーに戻す。
異世界からの来訪者とずいぶんと仲良くなったらしい。
別れの日が来たら、どれだけ悲しむことになるのだろうか。
そんなことを皇太子は思った。
「『しかも、天然の爆薬庫を王宮に行かせるわけにはいきません。
陰謀だと思われるのは問題ですからね』って。
最近はコントロールができるようになった、とメイ自身から聞いたばかりですわ。
確かにキールはメイの保護者ですが辛辣過ぎませんか?」
ディアーナはテーブルの上に拳をぶつけた。
ティーカップの中の紅茶が揺れる。
「こればかりは私も口を挟めないかな?」
セイリオスは微苦笑した。
「お兄様もキールの味方なのですか?」
薔薇色の眉をひそめる。
「ディアーナが独りで町に出るのは心配だからね」
いくら成人したとはいえ、好奇心たっぷりで物知らずの妹がお忍びで、王宮を抜け出すのは怖い。
何かがあってからでは、遅いのだ。
最年少で緋色の肩掛けを許された青年にも、それは分かっているだろう。
「キールは保護者の立場を利用して、メイの自由を奪っているように見えますわ」
ディアーナは言った。
「メイの置かれている立場は複雑だから、不安にもなるのだろう」
セイリオスは穏やかに言った。
明るく元気な乙女ではあったが、潜在的に持っている魔力は『凄い』の一言だった。
異世界からの訪問者がどれほど貴重な存在か。
キールは盾になって、良く面倒を見ていると思った。
「メイが可哀そうですわ。
キールはメイを独り占めにしようとしているように感じますわ。
まるで保護者という立場を利用しているように見えますわ」
すっかりメイの気持ちを代弁するかのようにディアーナは言った。
それだけ、一緒のお茶会を楽しみにしていたのだろう。
「キールに直接、訊いて見るかい?
女性としてメイに好意を持っているのか」
セイリオスは、にこやかに笑った。
「誤魔化されて終わりですわ」
「ディアーナはどちらがいいんだい?
二人が恋人同士になるのと、ただの師弟関係であるのと」
青年はティーカップを持ち上げる。
紅い茶に偽り色の瞳が映る。
「わたくしがしているのは、お節介だとお兄様は思うのですのね」
ディアーナはためいきをつく。
「時期にわかるようになるだろう。
それまで待っていればいいさ」
セイリオスは一口、紅茶を飲む。
ほんの少しばかりぬるくなっていた。
「納得がいきませんわ」
ディアーナは強い口調で言う。
「キールがメイを大切にしているのは理解できるだろう?」
セイリオスは視線を上げた。
似た紫の瞳と交差する。
「そう言われると反論できませんわね」
ディアーナは呟いた。
「今度、私名義でお茶会の招待状を出そう」
妹につくづく甘い皇太子は言った。
「本当ですか!
お兄様、ありがとうですわ!」
ディアーナは満面の笑みを見せた。
それは、まるで天使のような笑顔だったので、セイリオスは目に灼きつけた。
「これきりだ」
「分っていますわ。
それでも、嬉しいですわ」
ディアーナの声が弾んだものになる。
スケジュールを調整してくれる大臣たちを説得しまわる未来が見えた。
それでも、いつかは一緒にいられなくなる妹のためだったら、苦労だとは思わなかった。