職務の合間の時間。
ディアーナが成人してから、お茶を共にするようになった。
二人の間に残された時はわずかだ。
一緒にいられるのはセイリオスにとって幸福だった。
下官も退がらせて、二人だけで過ごす。
まるで蜂蜜のような甘い時間だった。
「お兄様。
誕生日に何か欲しい物はありますか?」
薔薇色の髪の乙女が尋ねる。
王族特有の紫の双眸が屈託なく微笑む。
「お前が元気なら、それでいいよ」
セイリオスは紫の瞳を紅茶に移す。
乙女と違った紛い物の瞳がぼんやりと映る。
「それではプレゼントになりませんわ」
ディアーナは言った。
「お前が幸せに過ごしているだけで、私は幸せだよ。
本当にそう思っている」
ティーカップの中の紅茶を飲み干す。
お茶にうるさいシオンが見たら皮肉の一言も出ただろう。
「妹思いのお兄様ですわね」
ディアーナの機嫌を損ねたようだ。
青年は顔を上げ、美しく育った乙女を見る。
北の離宮で一緒に過ごした小さな妹は、もういない。
「信じてもらえないようだね」
セイリオスは大げさにためいきをついてみせる。
「飛び切り素敵な物をプレゼントしたいのですわ」
ディアーナは唇を尖らせる。
「その気持ちだけでも、もう充分、飛び切りのものだよ」
「紅茶のおかわりはいかが?」
「ああ、貰おう」
セイリオスは頷いた。
ディアーナはポットを傾ける。
紅いお茶がゆっくりとティーカップを満たす。
「お兄様は欲がありませんわね」
乙女は、そっと息をつく。
「こうしてディアーナと過ごせる時間は、とても貴重だよ。
ずっと続けばいいと思うほど」
嘘に本音が混じる。
欲はある。
血のつながりのない妹を自分のものにしたい。
自分だけのものにして誰にも見せたくない。
偶然、紫の瞳を持っただけの青年にとっては、過ぎた願いだ。
だから、セイリオスは優しい笑顔を作る。
「本当に思っているよ。
お前の幸せを」
最後まで兄らしく振舞う。
それがセイリオスに与えられた役割だった。
ディアーナはソーサーにティーカップを乗せる。
「どうぞですわ」
乙女は優雅な仕草でポットをワゴンの上に戻す。
「ありがとう」
良い茶葉を使っているのだろう。
陶磁に紅が映える。
味の方は全くわからないが。
「お兄様。
欲しい物ができたら、教えてくださいませ。
ちゃんと喜ぶような物を用意いたしますわ」
ディアーナは真剣な表情で言った。
「お前には敵わないな」
セイリオスはティーカップを手に取る。
あと何度、二人きりの時間を過ごせるだろうか。
いつまで兄妹としての時間を過ごせるだろうか。
乙女の一番が変わる日が来る。
そんなことは自然の摂理だ。
何も知らずに、嫁いでいく日が来る。
その時、セイリオスは笑って祝福をできるだろうか。
兄という立場を全うできるだろうか。
いや、しなければならない。
乙女には、これ以上ないほどの幸福の中にいてほしい。
セイリオスの分まで。