北の離宮の春は遅い。
長い冬の間、幼い王子と王女は、外で遊ぶことを禁じられる。
安全のためである。
二人は遊びたい盛りではあったが、外で遊びたいと駄々をこねるほど子どもではなかった。
周囲の意見に従って、外には出ない。
きちんと、離宮の中で過ごす。
――大人しくしているとは限らなかったが。
静かに、静かに。
慎重に、慎重に。
薄紅色の髪の少女は、こそこそと物置までやってくる。
贅沢な絹のドレスがこの幼い少女の身分をあらわす。
古語で月を意味する名を持つ姫。
この国の第二王女、ディアーナ・エル・サークリッド。
そんな身分の高い少女は、真剣な面持ちで物置の重たい扉を押し開く。
滅多に開けられないためか、扉はギーッと音をたてる。
あまりの音の大きさにディアーナはびっくりして、扉に人差し指を押しつける。
「しーっ、ですわ」
いたって真面目に少女は言う。
気をつけながら扉をきっちり閉める。
今度は音がたたない。
ディアーナは、ホッと胸をなでおろした。
薄暗い上に、埃っぽい室内の中を少女はキョロキョロと見渡す。
やがて、紫色の瞳が悪戯に輝く。
物が積みあがって、入り口からは見えない場所に、少女はもぐりこむ。
ドレスのすそが汚れるのも気にせずに。
小さな体を、さらに小さく縮こまらせて、ドキドキとしていた。
落ち着こうと思って、息を吐き出しても、胸は高鳴るばかりだ。
ここだったら、見つかりませんですわ。
きっと、見つけられませんですわ。
たとえ、お兄様でも。
すべらかな頬を上気させながら、少女は待つ。
一刻も早く、探し出して欲しいとも、思う。
見つかりたくない、けれども、見つけてほしい。
矛盾する気持ちを抱えながら、ディアーナは兄を待っていた。
物置の扉が重たい音を響かせる。
少女はぎゅっと目をつぶる。
胸の奥の音がより大きくなっていく。
「ディアーナ、ディアーナ」
大好きな人の声が自分の名を呼ぶ。
ついつい返事をしてしまいそうになり、慌てて自分の口を手でふさぐ。
「ディアーナ、どこにいるんだい?」
足音が近づいてくる。
緊張が強くなっていく。
身じろぎ一つしないで、我慢する。
「ディアーナ」
兄の声が大きくなっていく。
体全部で、セイリオスの音を聞いている。
「うーん、どこへ行ってしまったんだろう?」
呟きが物置の中で響く。
ディアーナの心臓がきゅーっとする。
外まで聞こえてしまいそうな大きな音をたてるものだから、幼い少女には気が気ではなくなる。
「ディアーナ?
ここにはいないのかな……?」
セイリオスの言葉に、思わず立ち上がりそうになる。
が、何とかこらえる。
心臓が外まで飛び出てしまいそうだった。
「うーん」
セイリオスの悩む声が聞こえてくる。
見つけてほしい。
でも、まだ見つかりたくない。
早く!
わたくしは、ここですわ!
ディアーナはドキドキしながら、祈る。
こんな時間を共有し続けたいくせに、居心地悪そうにモジモジする自分がいる。
「ここじゃないかもしれないな。
別な場所かもしれない。
……こんなところに、ディアーナがいるわけがない。
他のところも探してみようか」
セイリオスは言う。
ディアーナはギュッと手を握り締める。
痛いほど、きつく。
泣き声を上げてしまいそうになるから、口を引き結ぶ。
お兄様、早く見つけて。
わたくしは、ここですわ。
寂しさと悲しみの波に沈みにそうになる。
セイリオスの足音が近づいてくる。
「いけない、いけない。
あそこはまだだった」
声が近づいてきた。
「こんなとことにいたんだね。
私の姫は」
セイリオスの声が降ってくる。
「お兄様ぁ!」
ディアーナは目を開ける。
兄であるその人は、優しく微笑んでいた。
胸いっぱいに喜びが広がって、少女の唇はほころぶ。
「ディアーナは隠れるのが上手で困ってしまうよ」
差し出させれた手をディアーナは取る。
8つ年上の、兄の手は大きい。
手をつなぐと、すっぽりとおさまってしまう。
「今度は、もう少し見つけやすい場所に隠れてほしいな」
セイリオスは言った。
「それでは、かくれんぼになりません、ですわ」
立ち上がった少女は、晴れやかに告げる。
「そうだね。
さあ、行こうか。
美味しいおやつが待っているよ」
セイリオスは穏やかに笑う。
「はいですわ」
二人は手をつないだまま、光差す出口に向かった。