あの日、一人の少女の日常を奪った。
たぶん、本物の笑顔と共に。
そのことにキールは、してはしきれない後悔を覚えた。
してはならない禁呪だった。
封じられた禁断を破ったことに、軽率な自分に呆れ返る。
緋色の肩掛けの魔導士、という地位に奢っていたのだろう。
芽衣は、当たり前の顔をして、異世界で過ごしているが、その孤独は計り知れない。
誰にも分からない苦しみを抱えているのだろう。
芽衣が明るく振る舞う姿は痛々しい。
早く元の世界に戻してやりたい。
いつの間にか、それが保護者としての願いになった。
芽衣と共に過ごしているうちに、心地よさを感じていたが、これを日常にしてはならない。
少女の日常は、家族に囲まれ、友だちと笑いあう世界なのだ。
院で魔法を学習しているが、本来学ぶことは違うのだろう。
召喚された当初は文字すら読めなかった。
それなのに部屋を壁を焦がすほどの攻撃魔法を扱えるようになっていた。
砂に水が吸いこんでいくように、少女は天才の破片を見せていた。
このままでは院の上層部に利用されるだろう。
そんなことはあってはならないのだ。
だからこそ、キールはエーベの女神に祈る。
朝に夕に。
これ程、熱心に女神に祈ったことなどあっただろうか。
日常に帰してやる。
けれどもキールには、力不足だった。
才能のなさを痛感していた。
所詮、緋色の肩掛けの魔導士も蓋を開けて見れば、そんなものだった。
くりかえす日々の中で、足りなさを感じていた。
どれだけ文献にあたってみても、方法が見つからない。
焦るばかりだった。
異世界で迎える誕生日はどんな思いだろう。
それを考えると胸の奥に、鉛が落ちていくようだった。
キールの私室にかけられたカレンダーにつけられた花丸印にためいきをついた。
どうやっても間に合いそうになかった。
謝っても謝りきらない。
それだけの罪をキールは犯したのだ。
芽衣は時折、寂しそうな顔をする。
決まって元の世界関係で。
そんな時、キールには何もできなかった。
芽衣から奪った日常を埋めることすらできなかった。
どう贖えばいいのだろうか。
きっと少女は笑って『幸せだよ』と言うだろう。
涙も見せず、ニッコリと作られたもので。
それが強がりだと分かるから、キールには重い岩を飲みこんだ気持ちになる。
せめて少しだけでも、少女が喜ぶような誕生日にしたい、キールは流し読みをしていた本を閉じる。
静かな部屋にパタンッと音がたった。
この本にも有益な情報はなかった。
召喚魔法自体が研究段階なのだ。
そうそう回答が出てくるはずがない。
人間が召喚されたのは、イレギュラーなのだ。
しかも異世界から呼び出されたのは、レアなケースだろう。
緋色の肩掛けをしている魔道士にも、叶えることができない。
そんな案件だった。
期待をしながら、本の山から一冊、取り上げる。
少女に日常を与えるために。
それがキールができる精一杯の誕生日プレゼントだった。