「デートしよっ!」
唐突な発言に彼は
「はあ?」
不機嫌に聞き返した。
亜麻色の髪の魔導士は、読みかけの本にしおりを挟んだ。
ホーリーグリーンの瞳は来訪者を見つめる。
「今日、月がキレイだからさ」
理由にならない理由を、しれっと彼女は答えた。
彼女はいつでも、突然で、突拍子もなく、予想外だ。
「ねっ!」
栗色の髪の少女は窓際によると、カーテンを引く。
分厚いカーテンがひだを作りながら開かれ、月の光が部屋の中を満たす。
キールは瞳を細める。
思ったよりも、眩しい……。
月齢十五の月。
空が明るい。
昼間ほどとはいかないが、街灯が要らない程度に静かに光を湛えている。
「ね、いいでしょう?」
芽衣は笑顔を浮かべる。
「どうして、デートなんだ?」
キールは本を閉じ、机に載せる。
「一人で出掛けたらダメなんでしょう?」
「…だから、か」
キールは息を吐き出した。
異世界からの来訪者である彼女は、制限を受けている。
その一つが、外出。
芽衣はかなり自由に出掛けているが、本来一人で出掛けるのは禁じられている。
夜なんてもっての外だ。
芽衣がこの世界ではあまりにも異質で、不安定なため、彼女の安全を守る為の最低限の規則だ。
ただし、この規則にも例外はある。
キールと一緒ならば、話は別である。
「ね、行こう!?」
「……全く」
キールは立ち上がった。
「やったー!」
少女はぴょんとその場で跳ねた。
空を青く染める満月を背景に。
ウサギみたいに。
◇◆◇◆◇
院の中庭。
二人は、月光浴に出た。
夜特有のしんとした空気。
キールは深く息を吸い込んだ。
体中に力が漲るのがわかる。
月は人の心の中を、支配する。
「うわぁ、キレイ」
芽衣は手を広げ、芝生の上をクルクルと回る。
青いスカートもそれに合わせて、ひらひらと広がる。
キールは目を細める。
……子供みたいだな。と、ぼんやりと思った。
この世界では成人しているはずだというのに。
…………この世界、では。
あくまでも、だ。
彼女の世界では、まだ子供なのかもしれない。
だとしたら、……苦労しているんだな……。
キールは、ほろ苦い思いに苦笑した。
「月がおっきいー!」
焦茶色の瞳は、キールを囚える。
当たり前だ、と言いかけてキールは口をつぐんだ。
彼女にとっては、当たり前ではない。
「すごいよね」
「そうか……?」
キールは代わりに違う言葉を口に乗せた。
「うん」
芽衣はキールの傍に走りよる。
ふわりに、花の香りがした。
キールは、ドキッとした。
「エヘヘッ♪」
「ん?」
「完全無欠のデートだね」
弾んだ声が笑う。
「……デート、か」
ポツリッと呟く。
「うん!」
芽衣は言った。
キールは月を見上げた。