「幸せになりたい」
アンジェリークは囁くように言う。
それを聞いてしまった地の守護聖は困ったように微笑む。
二人だけのお茶会。
心が緩んでしまったのだろう。
「女王の冠は重たいですか?」
ルヴァは尋ねた。
翡翠色の瞳はそろそろとブルーグレーの瞳を見つめる。
まるで、これから怒られるのを覚悟するように揺れていた。
そんなところも、候補生時代と変わらない。
ルヴァは心の中で苦笑した。
いつまでたっても自分は口うるさい教師なのだろうか。
「そういうつもりだったわけじゃないわ」
アンジェリークは失敗した子どものような笑顔を浮かべていた。
それが作られたものだとルヴァにもわかった。
女王になりたての少女には、クリアするべき課題が山積みなのは知っている。
前人未踏のことをなしえたのだ。
それだけでも賞賛されるべきなのに、少女には課せられた重責がある。
それを少しでも軽くしてあげたい。
そう思うのに、少女は弱音を吐かない。
『幸せになりたい』
本来、聞かせる気はなかった囁きだったのだろう。
ルヴァに見せる翡翠色の瞳は微笑みを深くする。
まるで『大丈夫』というように。
「お茶のおかわりはいりますか?」
ルヴァは訊いた。
女王が強がりを押し通すのなら、それを支えるだけだ。
守護聖としての責務を果たす。
そのために存在しているのだ。
「ありがとう」
アンジェリークは言った。
青年の決意を知っているかのような謝辞だった。
ルヴァはポットから、ティーカップに紅茶を注ぐ。
何度くりかえした仕草だろうか。
候補生時代から、ずっと続けているような気がする。
少女の心をほぐすために、何度もお茶を淹れた。
「どうぞ」
ソーサーの上にティーカップを置く。
少しだけでも、アンジェリークの心が癒されるように音を立てずに。
できることなんて、ささやかなことだ。
知識と知恵の番人と呼ばれても。
どんなことでも、わかるわけではない。
むしろ、わからないことの方が多い。
独りで宇宙を支える、その重さはわからない。
その辛さを分ちあえる日が来ることを祈って。
二度と『幸せになりたい』とアンジェリークが囁かずにすむように。
ルヴァは穏やかな笑顔を浮かべた。
想いが通じるように。