気がつけば夕刻。
窓から差しこむ日差しが飴色にとろけていた。
ルヴァは読みかけの本にしおりを挟んだ。
今日は育成も妨害も頼まれていない。
私邸に帰るだけであった。
集中して本を読んでいたからか、体がこわばっていた。
背伸びをしてから、肩を回す。
ゆっくりゆっくりと緊張をほぐす。
すっかり冷たくなってしまったお茶を飲むと、椅子から立ち上がった。
トントン。
軽いノック音。
すっかり聞き慣れてしまった音だった。
「開いていますよー」
ルヴァは扉に声をかけた。
予想通り金の髪の女王候補が入ってきた。
「こんにちは!」
大きな包みを抱えた少女は、今日も元気良く笑った。
「はい、こんにちは。
気持ちの良い挨拶ですねー。
育成ですか?」
ルヴァの問いにアンジェリークは抱えていた物を差し出した。
「お誕生日、おめでとうございます!」
「あー、覚えていてくださったのですね。
ありがとうございます」
今日、幾度となくくりかえされた言葉だった。
厳密に言って誕生日といっても、歳をとるわけではない。
守護聖になった身は時の流れから切り離されている。
女王陛下の庇護の下、若々しいまま精神ばかりが歳を数える。
祝いの言葉は複雑な心境に陥れる。
「これ、絶対ルヴァ様にぴったりだと思って」
「開けてもいいですか?」
プレゼントを貰った礼儀として尋ねた。
「はい!」
アンジェリークはうなずいた。
ずっしりと重たい包み紙を開けると革表紙の分厚い本が出てきた。
「選んだのはロザリアなんです」
自分の手柄のように、誇らしげに少女は言った。
試験開始の時はどうなるかとハラハラしたが、ずいぶんと仲良くなったようだった。
「そうなんですかー。
ロザリアにもルヴァが喜んでいたことを伝えてくれますか?」
「もちろんです。
それと、おまけです」
アンジェリークはポケットから、小さな包みを取り出した。
「クッキー、焼いてきたんです。
温かいうちに食べて欲しくて走っちゃいました」
「ありがとうございます。
でも、走るのは危険ですよー」
「だって今日が終わる前に、届けなきゃって思って。
特別な日ですから」
アンジェリークは言った。
可愛らしいピンクの包み紙は少女らしかった。
香ばしい匂いがした。
「ひとつ、いただきましょう」
包みを開けると不ぞろいなクッキーが姿を現す。
苦労したことがうかがえる。
どれぐらい失敗作が生まれたのだろうか。
夕方の柔らかな光線に満たされた部屋の中で、ルヴァは納得する。
少女たちが育成も妨害も頼みに来なかった理由を。
いびつなクッキーは甘かった。
「美味しいですねー」
ひとつ食べれば充分なそれをルヴァは微笑んだ。
「運び屋さんの任務完了ですね。
達成できて嬉しいです!」
アンジェリークは朗らかに言った。
「こちらこそ、素敵なプレゼントをありがとうございます」
少女たちの気持ちが何より嬉しかった。
女王試験という前代未聞の挑戦中に、手間を惜しまずに祝ってくれた。
貴重な時間を自分のために使ってくれた。
知恵と知識の番人と呼ばれる身であるのに、格別な言葉が出てこなかった。
「本当に感謝しています」
ルヴァは言った。
忘れがたい誕生日になった。
この日が思い出に変わる日がきても、絶対に忘れないだろう。
そう確信した。