何度目の誕生日だろうか。
初めは数えていたような気がする。
『おめでとう』と『ありがとうございます』のやりとりを楽しんでいた。
それも、もう過去のことだ。
聖地の時間はひどくゆったりと流れている。
守護聖の任務を少しでも長く務めるために。
誕生日が通り過ぎても、肉体には重ならない。
心だけが老いていく。
誕生を祝ってくれる気持ちは嬉しい。
けれども、複雑な心境になるのは止められなかった。
ブルーグレイの瞳は執務机の上に置かれた封書を見つめる。
真っ白な招待状は、天使の羽を思い起こさせる。
目をつぶれば、今も鮮やかに思い出せる。
候補生時代の彼の人はとても元気な女の子だった。
どこにでもいるような。
幸せな環境で育ってきたのだと感じさせた。
その甘さに苛立ちを覚えたことがあった。
年下の少女にきつく当たってしまったこともあった。
それでも、少女は諦めなかった。
もとより素直な性質だからか、砂に水がしみこむように学んでいった。
翡翠色の瞳はいつでもキラキラと未来を見つめていた。
ルヴァはためいきをつく。
女王陛下からのお茶会の招待状を断る理由は思いつかなかった。
◇◆◇◆◇
女王陛下のプライベートガーデンは薄紅色の薔薇が咲き誇っていた。
気高い香りに包まれる。
テーブルの上にはアフタヌーンティーの用意されていた。
「ようこそ、ルヴァ」
この宇宙で一番尊き存在はワゴンを押しながら庭に入ってきた。
「今日が晴れで良かったわ」
天気決定の聖地でも、晴れになりそうな笑顔だった。
「あー、お招きありがとうございます」
ルヴァは言った。
「今日は特別よ。
だってルヴァの誕生日ですもの」
自明の理と言わんばかりの言葉に青年は呑まれる。
「あ、ありがとうございます」
「感謝するのは私の方。
ルヴァからたくさんのことを教えてもらったもの。
さぁ、ゲストは座ってちょうだい」
「は、はい。
それでは失礼させていただきます」
緩やかなカーブを描く椅子に腰かける。
執務室の椅子と同じぐらいに座り心地が良かった。
「今日は全部、私にやらして。
誕生日の人は座っているだけよ。
こう見えても、候補生時代よりも上手になったのだから」
アンジェリークは言った。
白い手がカップ&ソーサーになみなみと紅茶を注ぐ。
マスカットを思わせる香りが漂う。
向かい側のカップにも注がれる。
「どうぞ」
女王は椅子に座る。
恐る恐るカップを手にする。
一口、口に含めば華やかな香りと渋みが広がった。
少女のお茶を淹れる腕前は上がった。
それを証明していた。
「ルヴァがいなければ今の私もいないわ。
きっと宇宙の危機も知らずに暮らしていたでしょうね」
アンジェリークは言った。
異例の試験が行われた理由は一部の人間にしか知らされていなかった。
肌で感じる者もいただろうが、緘口令を敷かれたかのように沈黙を守っていた。
「巻きこんでしまい申し訳ございません」
ルヴァはカップをソーサーの上に戻す。
「謝らないで。
宇宙の女王という役目を楽しんでいるのだから」
「楽しんで……ですか?」
「険しい顔。
候補生の時も見たわね。
つまり理想的ではない発言をしたというわけね」
クスクスとアンジェリークは笑う。
「えー、あのー、そういうつもりでは」
失敗を取りつくろうとするが、上手い言葉が出てこない。
知恵と知識の番人でも、調子を崩せばこんなものだ。
ユーモアに富んだ切り返しができなかった。
「ルヴァ、誕生日おめでとう。
あなたに出会えて良かったわ」
屈託のない笑顔でアンジェリークは言った。
眩しい光に自然とブルーグレイの瞳が細められる。
トクンっと心臓が跳ねた。
「今日は特別な日。
どんな我が儘も言っていいのよ」
「我が儘ですかー」
ルヴァの答えは自然と決まっていた。
まるで用意してきたように、口の端に乗る。
「来年もこうして祝っていただけませんか?」
誕生日を数えるのをやめた日。
それすらもう遠い過去。
繰り返される茶番に逃げ道を探していた日々。
「えーっと、ですね。
あなたにおめでとうと言われて、嬉しかったのです。
とても懐かしい気持ちになりました。
だから、来年も『おめでとう』と言って欲しいのです」
ルヴァは微笑む。
たった一人と心に誓った相手だ。
女王と守護聖という枠を超えて共にありたいと思った人だ。
ゆったりと流れる時の中で固まってきた想い。
「そんなことなら、いくらでも。
でも、それだけでいいの?
誕生日なのよ」
アンジェリークは言った。
「はい、充分です。
とても幸せな気分ですよー」
青年の言葉に、少女はいまいち納得していないようだった。
どんな我が儘をいうのか、想定していたのだろうか。
ルヴァはカップを手にする。
人は変わっていくものだ。
それを証明するような味がした。
これからも支えていこう、と思った。
まだ、これから先があるのだ。
『おめでとう』を何回言われたのか。
誕生日の数を数える日がやってくるのだろうか。
型破りな女王陛下だ。
毎年、驚きをもたらしてくれるだろう。
来年が楽しみだった。