女王試験は無事、終わった。
少女の背に眠る翼は大きく開いて、この宇宙を包むことだろう。
それを支えていこう。
地の守護聖として、あの細い肩にのしかかる重責が少しでも軽くなるように、努力しよう。
この想いが風化するまで、ゆっくりと待っていよう。
それは存外、幸せな生き方なのかもしれない。
ルヴァは窓の外をぼんやりと眺める。
見慣れた飛空都市の穏やかな風景。
今日で最後だと思うと、しんみりとする。
明日には、全てが変わる。
感傷を呼び起こすには、充分な出来事だ。
トントン
控えめなノック。
遅れてゆっくりと扉が開き、うつむきがちに金の髪の少女が入ってきた。
明日には、女王となる尊き存在。
「どうかしましたかー？」
ルヴァは微笑みかける。
いつもと様子が違うアンジェリークに、ルヴァは途惑いが隠せなかった。
「今、お茶を淹れますねー。
椅子に座って待っていてください」
ルヴァの言葉に、少女は首を横に振る。
「ルヴァさま、これを受け取ってください」
震える手が真白な封筒を差し出した。
中身は見なくてもわかる。
ルヴァを見上げる緑の瞳は、自分の気持ちに正直だった。
羨ましくなるほど、まっすぐだった。
「これは……受け取れません」
ルヴァは少女の手を押し戻した。
「あなたはもうすぐ、この宇宙の女王になる人です。
誰か一人のために祈ってはいけません」
ルヴァは物分りの良い微笑みを浮かべたまま、諭す。
綺麗な、綺麗な、翡翠のようなその瞳に、涙が浮かぶ。
もしも、こんな時でなかったら。
ルヴァは思ってしまう。
宇宙崩壊が間近な今、心のままに振舞うことはできない。
この宇宙は新しい女王を熱烈に欲しているのだ。
それを無視することは、意気地のない自分にはできない。
「あなたの想いは……」
一時の気の迷いです、ルヴァはその言葉を飲み込んだ。
少女の気持ちを決めつけようとしている。
自分は愚かだ。
そんな権利はどこにもないと言うのに。
「本物だとしても。
この宇宙は、女王を必要としているのです」
ルヴァは言った。
卑怯にも自分の気持ちを包み隠したまま。
「はい、知っています。
だから、知って欲しかったんです」
アンジェリークは、ほのかに笑った。
静かな諦めがその瞳には宿っていた。
「……最後まで、ご迷惑をおかけしました。
ごめんなさい」
少女はペコッと頭を下げる。
このまま、少女を帰して良いのだろうか。
絶対に後悔するとわかっているのに、何もしないまま終わっても良いのだろうか。
自分は守護聖で、彼女は女王になる身だとしても。
想いを抑えつけてまで……、何を守ろうとしているのだろう。
「でも、一つだけ。
私にわがままを許されるのでしたら」
ルヴァは大きく息を吸い込んだ。
すでに守護聖であるから、祈るべき対象は自分自身となっているが、ルヴァは祈った。
勇気が欲しいと。
一生に一度の儀式のために。
ルヴァはターバンの端を引く。
白いターバンは呆気なく解ける。
「あなたの気持ちが退位するときまで変わらないのでしたら。
その時に、その手紙をいただけませんか？」
「……はい」
アンジェリークは泣きながら、何度もうなずいた。