いつもだったら、眠れるはずなのに。
今日は何だか、眠れない。
目が冴えて……。
こんなときは、思考は変な方向にループする。
アンジェリークは諦めて、目を開けた。
眠れないのに、いつまでもベッドの中にいるのはもったいない。
夜の散歩にでも行こうかな。
少女はカーテンを開く。
薄暗い部屋に澄んだ色の光がサッと差し込む。
欠けた月が硝子の向こうで輝いていた。
アンジェリークは、そっと部屋から抜け出した。
夜の公園。
昼は人がいるせいかにぎやかな感じがするのだが、闇が支配する安息の時間であれば人影はない。
アンジェリークは、ベンチに腰かける。
月の光に照らされた噴水の水音を聞きながら、目をつぶる。
静かだった。
本当に、静かだから。
この広い宇宙で一人ぼっちな気がする。
ためいきをついたら、涙が零れてしまいそうだった。
全く知らない場所に来て、学校で習っていないことばっかりやって。
弱音を吐くわけにもいかなくて、頼れる人なんていなくて。
学校で仲良かった友だちもいないし、家族もいない。
できて当たり前のことができなくて。
どうして、女王候補なんだろう。
選ばれたのが自分で、良かったのかなぁ。
アンジェリークは空を仰ぐ。
昼は隠されている宇宙本来の姿が、広がっていた。
「あのー、どうかしましたかぁ?
こんな夜遅くに……」
声の方向を見れば、地の守護聖のルヴァがいた。
「ルヴァさま」
「危険ですよー。
飛空都市がいくら安全とは言え、夜はやっぱり危ないですよ」
アンジェリークの視線に合わせるように、ルヴァは膝を折る。
「眠れなくて……」
アンジェリークは、悪戯を咎められた子どものように小さく笑った。
「それは……。
今度リュミエールに頼んで、良く眠れるハーブを教えてもらいましょうか」
ルヴァのブルーグレーの瞳は心配そうに少女を見つめる。
「いえ、そんな!
そう言うつもりじゃ」
「ここでは体が冷えます。
部屋に戻った方が良いですよ」
ルヴァは微笑んだ。
「はい」
「送っていきます」
「ありがとうございます」
少女は好意に甘えることにした。
ずっと気を張り詰めていたから、穏やかな声にホッとする。
「まだ、眠れそうにないですか?」
部屋の前で、ルヴァは尋ねた。
アンジェリークは、心配性の年上の男性を困らせたくなかったが、コクンとうなずいた。
「あー、そうですかー。
どうしましょうかー」
ルヴァは言った。
これ以上困らせたくなかった。
眠れそうにないのは、本当だから。
嘘はつけない。
どうすれば良いのだろう。
「あ」
アンジェリークはニコッと笑う。
「ルヴァさま、お願いがあります」
「何ですかー?」
「おまじないしてもらえますか?
お母さんに良くしてもらったんです。
眠れないときに」
「はぁ。
それはどんなものなんですかー?」
「額にキスをしてもらえますか?」
「え、は、えっ!
そ、そんなっ!」
「ダメですか?」
名案だと思ったのに。
アンジェリークが気落ちすると、
「そのー、恥ずかしいので、目をつぶってもらえませんか?」
ルヴァは照れたように言った。
「はい」
アンジェリークはそっと瞳を閉じた。
意識しなければわからないほど、そっと。
額にふれたものがあった。
アンジェリークは、そろそろと目を開けた。
ブルーグレーの瞳と出会う。
「こんなので良かったんですかー。
その、眠れそうですか?」
不安げにルヴァが訊く。
「はい!」
アンジェリークはニッコリと笑った。
眠れなくても良い。
ただ、その好意が嬉しかった。