時間まで部屋の主に合わせてゆっくりと流れる。
ここに来ると、ホッとする。
古びた紙とインクの匂いと紅茶の香りの二重奏。
「ガラスというものは大変趣があるものですねー。
まるで氷のように透き通っていて、キラキラしていて、それでいて溶けたりはしない」
ルヴァは言った。
窓辺に水の入った透明なガラスのコップを置く。
太陽の光が窓ガラスとガラスのコップを通って、床に落ちる。
淡く落ちた光にアンジェリークは微笑んだ。
「ところで、王水というものをご存知でしょうか?
濃塩酸と濃硝酸とを体積比三対一に混合した黄色の発煙性液体で、どんな金属でも溶かしてしまうんです。
この世で最も安定しているといわれる黄金すら溶かしてしまう。
怖ろしい液体なんです」
穏やかな言葉は、まるで子守の歌。
難解な単語は、眠りを誘う。
部屋の雰囲気とあいまって、眠りかけそうになる。
それではあまりにも失礼なので、アンジェリークはグッとこらえる。
「ですが、王水はガラスを溶かすことはできないんですよ。
不思議な感じですよねー。
こんなに儚いのに、溶けないんですよー」
ルヴァはうっとりとガラスのコップを見つめる。
アンジェリークはガラスに嫉妬した。
叶うことなら、ガラスになりたいと思った。
そうすれば、視線を独り占めできるのだ。
ルヴァはガラスのコップに金貨を落とした。
チリンと甲高い音を立てて、金貨は沈んでいく。
金貨は金貨のまま、ガラス越しの光を受けて静かに輝いていた。
「これはただのミネラルウォーターですよ」
ルヴァは微笑んだ。
「あ……。
そうですよね」
一瞬、本当に金貨が溶けてしまうじゃないかと思った自分が恥ずかしかった。
アンジェリークは赤面した。