時間は無限にあるのかと思っていた。
無限に近いほど、永く久しいものだと勘違いしていた。
それはきっと、終わりがあることなんて忘れていたかったからかも知れない。
ここはゆっくりと時間が流れていたから。
そこにずっといたから勘違いしていた。
どんなものにも終わりがある。
そのことを失念していた。
ルヴァは本棚から本を探す。
一冊の本を抜き出して、またしまった。
「よしておきましょうか。
全部、ここに置いていきましょう」
ルヴァはつぶやいた。
何もかも置いていこう。
物も、記憶も、心も、全部ここに残していこう。
自分がここにいた証として。
「もう、良いですねー。
そろそろ行きましょうか。
これ以上いたら……」
ブルーグレーの瞳に感傷的な光が宿る。
離れがたい。
身を二つに引き裂かれるような気持ちだった。
それでも、時間は無常に去り行く。
ルヴァは執務室を出た。
永年過ごした部屋の扉を閉める。
静かにそれは閉じられる。
ルヴァは聖地と外界との境、クィーンズゲートの前でようやく振り返る。
これより先は、外界。
守護聖ではなくなったルヴァは、外界に帰るのだ。
もう、聖地に来ることはあるまい。
永かった。
外界にはルヴァを知る人はもう残っていないだろう。
在位が長かったのだから、当然のことだ。
時はそれほどまでにも、流れた。
けれども、短かった。
聖地には様々な思い出があった。
今、別れの時が来て、感傷に浸るほどの。
もう少し、長くここにいたかった。
そう思えるほど、ここはいた時間は早く流れた。
見送る影はない。
ルヴァがそれを望んだからだ。
別れは昨夜にすました。
これ以上、別れを実感したくなかった。
そんな臆病な考えからだった。
ルヴァは、息を吐き出した。
人生の再出発。
その門出。
気持ちを切り替えよう、ときびすを返した。
「ルヴァ」
二度と振り返らないと、思ったのも束の間。
ルヴァはその声によって、振り返った。
金の髪の天使が走ってきた。
この宇宙の至高の存在が
「ルヴァ。
どうしても、どうしても。
最後に……」
極上の翡翠の瞳が涙をたたえて、ルヴァを見上げた。
「最後に一言、言いたかったの」
アンジェリークは言った。
「はい。
何でしょうか?」
ルヴァは穏やかに微笑んだ。
聖地を去りがたく思うのは、彼女ゆえ。
あと少し、傍にいたかった。
すべては過去形。
願いは叶わない。
森の緑よりも美しい色の瞳はルヴァを見つめる。
この瞳の中にいつまでも映っていたかった。
頼りにして欲しかった。
「元気で」
アンジェリークは言った。
「はい。
あなたも、お体に気をつけて。
がんばることは悪いことではありませんが、無理をしないでくださいね」
ルヴァはかつての教え子に諭すように言った。
「はい」
アンジェリークはうなずいた。
「今まで、お世話になりました。
あなたの傍では、色々な発見があって、楽しかったです。
……では、これで」
さようならとは言えなかった。
ルヴァは頭を下げると、歩き出した。
「今度会うときまで、元気で!」
高く澄んだ声が言った。
ルヴァは、不覚にも泣き出しそうになった。
クィーンズゲートをくぐり、ルヴァは振り返った。
「はい、また会うときまで。
お元気で」
最愛の人に向って告げた。