地の果てまで広がる砂の海
旅人の足跡は 風で
消されても 消されても
新しく 記される
知識の砂原でも それは同じ
「読書はお好きですか?」
穏やかなブルーグレーの瞳を受けて、アンジェリークはドキッとした。
手にしていた育成用のファイルの角をさわってしまう。
「苦手みたいですね」
ルヴァは微笑んだ。
とても優しい微笑みに、居心地の悪さを感じてしまう。
「ごめんなさい」
アンジェリークは、テーブルを見つめる。
本を読むのは苦手。
特に育成に必要な本は難しいから、さけている。
必要なのはわかってる。
でも、毎日たくさんやることがあって。
勉強することがいっぱいあって。
さらに本を読むのは……好きじゃない。
「謝ることではありませんよ。
おかわりどうですか?」
ルヴァは訊いた。
「すみません」
「謝ってばっかりですね」
ルヴァはティーカップに、お茶を注ぐ。
ほっこりと白い湯気が立って、幸せのカタチになる。
「私は常々、考えているんですよ。
本の好きな人と嫌いな人の差はどこにあるのか、と。
知識は、心の栄養になります。
人間として成長するのに、本は欠かせないものだと私は思うのです。
……。
本を読み始めたら、最後まで読み通さなくても良いんです。
自分の好きなときに、好きなペースで読めば良いんですよ」
穏やかな声が静かに心に降ってくる。
ルヴァさまの声って落ち着く。
お茶と同じ。
あったかくて、ほっとする。
「そう言うときのために、しおりがあるんです。
今日はここまで来た。と、足跡をつけるために。
今度、あなたの用の『足跡』を差し上げましょう。
嫌いにならないでくださいね」
鼓動が早くなる。
頬が熱くなるのがわかる。
最後の一言を意識してしまう。
ルヴァ様は本のことを言っているのに。
「は、はい!」
「気持ちの良い返事ですね。
あなたのそういう元気な返事を聞いていると、こちらまで元気になるんですよ。
さしずめ『元気のおすそ分け』というところでしょうか」
ニコニコとルヴァは言った。
アンジェリークは、耳まで真っ赤になってうつむいた。
次の日の曜日。
アンジェリークはルヴァから「しおり」をプレゼントされた。