再会に乾杯

 エルンストは聖獣の宇宙の星空をバルコニーからながめていた。
 守護聖に即位しても、華やかな場に慣れることはできなかった。
 ノンアルコールのカクテルを片手に独り、星を見つめていた。
 そんなエルンストの肩を叩く存在がいた。
「今夜の主役が、何こんなところで黄昏てるの?」
 紫の瞳の女王補佐官が笑顔で尋ねてきた。
 気を使わせてしまったのだろうか。
 そんなことを考えながら
「もう夜ですよ」
 エルンストは答えた。
「ちょっと文学的に表現しただけなんだけど」
 レイチェルはルージュの乗った唇を尖らせる。
「わかっていますよ」
 エルンストは苦笑いをした。
「会場に戻らないの?」
 朝だけに見られる暁色の瞳がエルンストを覗きこむ。
「こういった席は苦手ですから。
 それに、主役がいなくても大丈夫そうです。
 彼らは理由をつけて騒ぎたいだけでしょう」
 エルンストは眼鏡を直す振りをして、視線を逸らした。
「純粋に祝ってくれる人もいるけど?」
 真っ直ぐな問いかけに、エルンストは息を長く吐いた。
「そういう方々は、もう夢の中でしょう」
「まあ、そうかもね。
 でもこんなところで一人酒?」
 レイチェルはエルンストの隣に並ぶ。
 シトラスのコロンの香りがした。
「星の配置が違うと感心しただけです」
 言い訳のように、エルンストは言った。
「神鳥の宇宙とは違うのは確かだけど」
 隣の存在が首をかしげるのがわかった。
「あなたとコレット陛下が作られた宇宙です。
 もう二度と見ることはないと思っていました。
 肉眼で観ると生命の欠片の存在を感じます」
 エルンストは、グラスを傾ける。
 甘い味が口に広がる。
「感慨深い?」
 楽しそうにレイチェルが尋ねる。
「そうですね。
 どんな生命が生まれてくるのでしょう。
 原初の宇宙を見られるのは、この宇宙の守護聖になった特権ですね」
 ロマンがそこにはあった。
 星はいつでも、エルンストを魅惑する。
 傍らの少女のように。
 エルンストはレイチェルの方に向き直る。
「責務は全うしてくれるのなら文句はないよ。
 誕生日アンド守護聖即位、おめでとう!」
 朗らかにレイチェルは言って、グラスをあわせる。
 チリンっと儚い音がした。
「ありがとうございます」
 エルンストは言った。
「素直ね」
 レイチェルは目を丸くする。
「早く守護聖が揃うといいですね」
 安定した宇宙で生命体を見るのは、心が浮き立つ。
 その前に、守護聖が揃うのが必須だった。
「その辺はのんびりと。
 焦ってもいい結果を生むことはないからね」
 レイチェルは苦笑する。
 守護聖になるというのは覚悟がいるものだ。
 自分の例からして恥ずかしかった。
「確かに」
 エルンストはうなずいた。
「そういえばこの再会は、少しばかり長くなりそうですね」
 少女との何度目かの再会に、感傷が言わせた。
 もう二度と会うことはないだろう。
 そう思っていた。
 三年という流れた月日はあったものの、また再会した。
 運命、と呼びたい気持ちだった。
「どちらかのサクリアが尽きるまで、陛下を支えていこうよ」
 そう言うと、レイチェルはグラスをあおった。
 グラスの中の炭酸が少女の喉を通っていく。
「そうですね」
 エルンストも、また残り少ない液体を飲み干した。
 話もこれで終わりだろう。
 積もる話はあるだろうが時間は貴重だ。
 女王補佐官を独り占めする。
 わずかな時間だったが、誕生日プレゼントのようだった。
「そろそろ会場に戻ってね。
 主役がいないと、お開きにもできないから」
 レイチェルは笑って、バルコニーから立ち去った。
 小さくなっていく背をながめながら、朝のようだとエルンストは思った。
 誕生日の夜が終わっていくのを感じながら、エルンストもまたバルコニーを後にした。
 最後に一度だけ、星空を目に焼きつけるように見てから。


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