変わらないところ

 鋼の守護聖はメールの着信音で覚醒した。
 どうやら端末の電源を落とさずに眠ってしまったらしい。
 手探りで眼鏡を探す。
 ほどなくチタンフレームの眼鏡は見つかり、エルンストは眼鏡をかける。
 視界が良好になり、安心する。
 エルンストは起き上がり、明かりをつける。
 端末のモニターに向かった。

『ハッピーバースデー♪
 今日という良き日に生まれておめでとう』

 紫の瞳の女王補佐官からメールだった。
 モニターの片隅で表示されている時刻を確認する。
 0時を回ったところだった。
 まだ起きて、仕事をしているのだろうか。
 エルンストは椅子を引き、腰掛ける。
 誕生日はただの節目だ。
 嬉しいのは20歳になる頃までだろう。
 誰かとケーキを食べたり、酒を飲んだりといった事柄に興味の薄いエルンストには、遠い行事だった。
 守護聖になった今、誕生日は記号になった。
 老化は緩やかになり、時間の流れから切り離されている。

『お祝いのメッセージをありがとうございます』

 キーボードを打鍵して、メールに返信する。
 すっかり目は覚めてしまった。

『ゴメン、起こしちゃった?』

 すぐに返事が飛んできた。
 どうやら予約投稿ではなかったらしい。

『一番に祝いたかったんだ』

 メールの文面を見ながら、変わらないと思った。
 エルンストには三年と少しの時間が流れたが、少女にはたった数日の時間しかすぎていていない。

『これから寝るところでした』

 メールだということを利用して、エルンストは嘘をついた。

『それならいいんだけど。
 ホントは直接、言いたかったんだ。
 いくら聖地でも、夜中の外出許可は下りなかったんだ』

 レイチェルからのメールは続く。
「そうでしょうね」
 エルンストは微苦笑した。
 行動力のある少女らしいと感じた。
 許可が下りなくて良かったと思う。
 夜分遅くに私邸へ押しかけられたら迷惑だ。

『三年分、祝えなかったから』

 男性のスクロールする手が止まる。
 二人の間に横たわる三年という月日は、彼女の中にもあったのかと気づかされた。
 歳を重ねたエルンストを見て「ちっとも変わらないね」と笑ったのは、虚実が入り混じっていたのか。

『陛下主催の誕生日会、楽しみにしていないよ。
 きっと“生まれてきて良かった”って思えるから!
 おやすみなさい。
         超優秀な女王補佐官から鋼の守護聖に愛をこめて』

『健康のためにも10時前の就寝を心がけたほうが良いですよ。
                         エルンスト』

 やんわりと忠告メールを出す。
 誕生日は自分が生まれてきたことを確認する日だ。
 存在を確かめるとは、鋼の守護聖に選ばれた自分への皮肉だろうか。
 生まれてきたことに後悔はない。
 “神”と呼ばれる存在になったのは予想外だったが、今はすんなり受け入れられている。
 発展していく宇宙を研究できるのは、これ以上のない特権だ。
 スクリーンセーバーが動き出したモニターをぼんやりとながめる。
 生まれてきたことを喜んでくれる人がいるのは、幸せなことなのだと実感した。
 だから、少女たちは誕生日を大切にするのだろう。
 変わらないでいてくれたことに感謝した。
 自分は変容してしまったから。
 それは良くも悪くもない事柄だろうが。
 エルンストは端末の電源を落とした。
 立ち上がり、明かりを消すと、ベッドに横たわった。
 明日、いや、もう今日か。
 騒がしい一日になるのだろう。
 飽きる暇もないぐらい。
 女王陛下をはじめ、たくさんの人から祝いの言葉を伝えられるのだろう。
 眼鏡を外して、目を閉じた。
 眠気はすぐにやってきた。
 闇のサクリアを感じながら、身をゆだねた。
 次に目を覚ます時は、幸福が待っているだろう。


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