カツカツとヒール音が後を追いかけてきた。
エルンストは立ち止まり、追いつくのを待った。
以前だったら気にせず、先に行っただろう。
「今日はお疲れ様」
紫の瞳の女王補佐官が声をかけてきた。
二人は歩き出す。
「まったくです」
鋼の守護聖は疲労を隠さずに言った。
女王主催の誕生会が終わったところだった。
誕生日を口実にした馬鹿騒ぎに巻きこまれた男性は深く息をつく。
「あれでも、みんなエルンストのことを大事に思っているんだよ」
「でなければ、出席しませんよ」
意外に長い付き合いになった彼らだ。
理解はしている。
「こうしてみると、少しは成長したのかな?」
レイチェルは楽しげに言った。
「そうですね。
あなたとは研究員からの付き合いになります。
変わったと思いますよ」
「陛下の影響かな?」
「かもしれませんね。
こうして夜空を眺めていると、毎晩新鮮な驚きがあります」
エルンストは空を仰ぐ。
漆黒を彩るように星たちが輝いていた。
「私と陛下が創成した宇宙だもん。
当然でしょ」
自信たっぷりにレイチェルは言う。
女王と補佐官の間柄は良好のようだった。
絆だけで選んだ人生だ。
少女は身一つで新世界を選んだ。
後悔はしてほしくはない。
最年少の研究員は、最年少の女王補佐官になった。
迷わず家族にも、友人にも、別れを告げて新宇宙にきた。
たった一人の親友のために。
エルンストですら、決断に惑った。
「女王試験が懐かしい?」
唐突に、隣を歩くレイチェルは尋ねてきた。
「そうですね」
三年と少し前にあった異例な試験。
エルンストは協力者として参加した。
「あの時も、毎日が驚きでした」
空を飾る星たちは少女と陛下が造ったものだ。
一つ一つが愛おしい。
「懐かしい、と思えるまで、まだ歳を重ねたわけではありません」
「そうだね。
色んな事があって、毎日がワクワクするね」
「あまりワクワクはしてほしくはないのですが」
エルンストはズレた眼鏡のフレームを元の位置に戻す。
横を見れば紫の瞳は始まりの色をしてキラキラと輝いていた。
「女王補佐官らしくない発言だった?」
「あなたらしい発言だと思いますよ」
変わらないでいてほしいと思う。
エルンストは星に願いをかける。
少女は基準点だ。
自分を見失いそうな時、振り返る。
いつだってエルンストに寄り添ってくれている。
だから、自分らしくいられる。
ずいぶんと歳の離れた少女に寄りかかっている。
もう少し大人になれなければならない、とエルンストは思った。
少女が自分を見失ってしまう時、支えられるぐらいの存在でいたい。
「誕生日おめでとう。
これからもこの宇宙を支えてね。
鋼の守護聖様」
女王補佐官は微笑みながら言った。
「必ずや、期待に応えましょう」
鋼の守護聖は真剣な表情で言った。
レイチェルはくすくすと笑う。
「名前は体を表すとはよく言ったものだよね。
エルンストは本当に真面目だね」
「今更、生き方を変えることはできませんよ」
「それでいいと思うよ」
朝、一瞬だけにしか見られない色の瞳をした少女は明るい口調で言った。
強がりも見事に隠して言うのだから、エルンストは切なくなった。
もし少女が崩れそうになった時、助けを求められたら、力を惜しまない。
しっかりと抱きしめて、涙を拭う。
そして、ありったけの言葉で、今までの道を称賛するだろう。
できることはそれぐらいだ。
研究員時代から一緒にいるのに、微力だ。
もっと力が欲しいと思った。
「じゃあ、また明日」
レイチェルは手を振って、女王の城へと向かって行った。
その背が見えなくなるまで、エルンストは手を振り続けた。
あと何回、誕生日を迎えれば力が手に入るだろうか。
星空の下で鋼の守護聖は考え続けた。